54 アイドル声優2
「ん、なに?」
そう言うと、高寺が不満げな表情を浮かべる。
「なにって。一緒になにか食べてるとき、女の子がじーっと見てきて思ってることなんか、ひとつでしょ?」
「……日本の政治はどうしてこうも酷くなってしまったんだろう?」
「違う」
「はやく帰りたいからはやく食べてくれないかな?」
「そ、そう思うときもあるけど、今は違う」
「日本の夜明けぜよ……?」
「なんで坂本龍馬なの」
そんな掛け合いを一通り終えると、高寺はがっくりうなだれる。
そして、むーっと口の先を突き出して、じれったそうに頬を赤らめて俺のをぎっと睨んできた。
「一口もらっていい、ってこと!!」
「あ、ごめんそういうことか。普通にわかんなかったわ」
「もう若ちゃんってば。お店入ってからずっとぼんやりしてるし」
「あ、ごめん。なんか、つい……」
高寺に指摘されて気付く。たしかに店に入ってからと言うもの、俺は基本的に黙っていた気がする。コーヒーを飲んで一息ついてたってのもあるけど、なんていうか高寺といると自然と心が落ち着くのだ。こんな言い方、恥ずかしいけど、素でいられるというか。
もちろん、そう言いつつも高寺自身はお喋り好きな女の子だし、ユーモアもあるので話していても楽しいのだけど。
「俺、女子と甘いモノとか食べたこととかなかったからさ」
弁解するつもりで言うと、高寺が「おっ」と声を漏らし、ニヤリと下の角度から笑ってくる。煽りの角度だ。
「お、それってもしかして、あたしめが甘いモノ一緒に食べた初めての女子ってことですかい旦那?」
「あー、うーん……まあそうなるかな。母親を入れなければ」
「母親は入れないでしょ普通」
「あ、あと美祐子氏と喫茶店行ったことあるな」
「やー美祐子さんは女子じゃないでしょもう」
「おいナチュラルに失礼だな」
そうツッコミを入れてみるが、高寺はへっへーと嬉しそうにしていた。
「初めてかー。ってことは若ちゃん、今内心スッゴいドキドキしてるんじゃない?」
「は? そんなことねーし」
「しかも、あたしみたいなかわいい女の子と一緒なワケだから、ああこれもうマジで恋する5分前って感じで」
「原曲よりちょっと時間かかってるな」
「あ、あれ5秒だったか」
「しかも素で間違えたのかよ……」
「若ちゃんが将来女の子と甘いモノ食べに行ったら、ふいにあたしのこと思い出すんだろーね?」
そんなふうに嬉しそうにすることなのかという気持ちもあったが、恋愛事に疎いのを笑っている雰囲気がまったくないので気持ちは楽であり、と同時に、本当に将来今日のことを思い出してしまいそうで、なんだか栞を挟まれてしまった感じだ。
「ってことで交換ね!」
そして、元気にそう言うと、高寺はチーズケーキとアップルスイートポテトパイを交換。俺の許可なく食べ始める。彼女的には許可を得たつもりなんだが、会話は結局うやむやに終わってしまっている。
とはいえ、そんなことで文句を言わないのが俺だ。こんなの無茶ブリに入らないし、べつに全然イヤじゃないしな。
ということで高寺のアップルスイートポテトパイを一口食べる。当然初めて食べる味だったが、甘さは思ったよりも控えめで、上品な風味が口のなかに広がった。予想外に美味しい……さっきのバッセンも楽しかったけど、アップルポテトパイも悪くないな。高寺といると、触れてこなかった楽しさ、美味しさを知ることできる気がする。
そんなことを思う俺の前で、高寺はチーズケーキをもぐもぐ食べていた。一口と言いつつ、普通にもう三口目とかいってる。無論、それで怒る俺ではないし、全部食べちゃっても全然いいのだけど。
(てか、そんなこと言うけど自分はどうなんだよ……)
話が終わってしまった「異性との甘いモノ経験」について、俺は疑問に思う。
中野と違い、高寺は男子にもフレンドリーなのでクラスでもすでに人気者の立ち位置を確立しつつある。人好きな雰囲気がにじみ出ており、男子相手のように接することができるので、クラスの男子は最初、あくまで友達として付き合うのだが、時間をともにするにつれだんだん異性として好きになる……というのが容易に想像できた。
想像できただけであって、現状、そういう男子はまだいないと思うのだけど。まだ転校してきてからそこまで経ってないからな。
でも、それは時間の問題であるような気もした。
(俺とは違って、男子とデートしたり、ひょっとして彼氏がいたこととかも……)
……ダメだ、一体なにを考えているんだろう。
年頃の女の子だ。恋愛のひとつやふたつ経験済みだろうし、過去に恋人がいたってなんらおかしくない。一緒にいて気が楽だからって、男子と同じノリで喋られるから仲良くなった子のことを女の子として気になり始めそうだなんて……ってこれ、クラスの男子とまったく同じじゃないか?
むしろ、接する時間が長い分、俺のほうが進行しているというか。
○○○
結局、高寺はチーズケーキをそのまま完食してしまい、自分がもともと注文していたアップルスイートポテトパイも半分以上食べてしまった。もちろん、そんなことで俺は怒らず、和やかでまったりとした時間が流れる。
そして、ふいに高寺が提案した。
「そうだ若ちゃん、LINE交換しよ」
「LINE?」
「またバッセン行きたいし、勉強で教えてほしいとことかあると思うから」
「あ、いいけど」
そして言われるまま、彼女が差し出したQRコードを読み取り。そこに表示されたのは「○」という人物だった。円だから、○なんだろうけど、業者が悪質メッセージを送ってくる迷惑アカウントに見えてしまう。
写真は高寺自身のものだった……のだが、それはぱっと見で、普通の女の子が選びそうな写真ではなかった。キャッチャーマスクを頭につけ、胴体には防具がついている状態で、なぜか半袖のユニフォームを肩までまくり、カメラに向かって笑顔で上腕二頭筋を披露していたのだ。
おそらくかつてのチームメートとかに撮ってもらった写真なんだろうけど、鼻先に少し泥がついたあどけない笑顔と、筋に見える上腕二頭筋のギャップがすさまじい。なるほど、バッセンで筋力落ちたとか言ってたのも納得である。そんでもって、複数人で写ったものをトリミングしたのか、写真の解像度が荒かった。
「いやこの写真謎すぎだろ」
「そう? でもいい写真でしょ?」
「それはそうだけど……」
たしかに、高寺の飾らない魅力があらわれた写真ではあるのだが。
と、そこで高寺が、なぜか少しさみしげな表情になっていることに気付く。
「最後の練習で撮った写真なんだ。引退が決まった3年生の恒例行事なんだけど、あたしはもうこっち来るの決まってたから。変えられないんだよね」
「なるほどな」
「県外の強い高校に行くのが決まってた子もいて、だからいない子もいたんだけど、これ見るたびに頑張らなきゃって思えるからさ」
「そっか……いい写真だな、これ」
俺がそう言うと、高寺は屈託のない笑顔でうなずく。
「うん!」
そして、ちょうどそこでスマホの着信音が鳴った。
高寺が制服のポケットからスマホを取り出すと、よほど意外だったのだろうか。そこに表示されていた名前に、パッと表情が明るくなった。
「あ、まさかの、りんりんからだっ!!」
高寺が笑顔で俺にスマホを見せる。LINEで着信がきており、そこにはたしかに「中野ひより」の文字が表示されていた。噂をすれば、である。
高寺は通話ボタンを押すが、それだけでなくその後すぐにビデオ通話のボタンも押して、そちらに切り替えた。
中野を写しているはずの画面は真っ黒で、時折光が差し込む感じ。一方、ワイプ的に表示されているこちら側の画面には高寺寺と、その後ろに険しい表情をした俺が映っている。
「もしもしっ! りんりーんっ!」
「こんばんは、高寺さん」
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