53 アイドル声優1
「え、そうなんだ」
驚きのあまり、俺は彼女を見る。
高寺は少し恥ずかしそうに、頬を人差し指でかきかきしていた。運動で赤くなった頬が、さらに部分的に赤くなっている。
「それって俺聞いたことある? ほら、引っ越しのときに軽く聞いた」
「ううん、それとは別。あれはRPGで、今回のはアイドル育成リズムゲームだから」
ということは、あのあと新しく受けたオーディションに合格した、ということだろう。もしくは、すでに受けていたものが合格していたと判明したのかもしれない。
そこはわからないけど、いずれにせよ、おめでたいことであるのは間違いない。
「おめでとう……すごいな」
「ありがと」
そう返すと、高寺はクルッと反対側を向いて立ち上がる。それは俺に対して背を向けたかのようにも見えた。
そしてそのまま階段へ向かう。小柄な背中を見ながら、俺は階段へと続く。
「まだ情報解禁前だけど全然言うけど」
「日本語おかしいな?」
「『アイメモ』ってやつなんだけど、声優がライブするコンテンツでさ。新グループのメンバーのひとりになったんだあたし」
それは、ゲームに詳しくない俺でも知っているような、人気コンテンツだった。たしか多くの人気声優が参加していて、ユニットごとにCDを発売していたりするはず。年に数回行なわれる全体でのライブは、たしか幕張メッセとかパシフィコ横浜とか、その辺の大きな会場でやっていたはず。若手声優にとっては、ある種ひとつの登竜門という側面もあるかもしれない。
遊園地に行ったときの口ぶり、自信のなさ的に、オーディション系にはことごとく落ちていると思ったけど……中野も順調に受かってる的な口ぶりだったし、この子、俺が思うよりもやはりスゴい子なのだろうか……?
そんな疑問を抱くが、聞く前に高寺が続ける。
「そーゆーワケで最近、ダンスのレッスンが多くてさ。慣れ親しんだ動きをしたくなったってゆーか」
バッティングセンターに行きたかったのは、そんな理由だったらしい。
「家でも自主練したりしてんのか?」
「あ、うん、そーだね」
「やっぱ大変か?」
「あーうん、そりゃ仕事だし楽じゃないけど。でも、ずっとスポーツしてたおかげかフリ入れるのは案外早いんだよね」
「へえ」
「だから、あたし的にはアニメのお仕事のが緊張するかも」
「そっちのが本職なのに」
「本職だから緊張するの!」
語尾にかけて、少し強くなる口調で述べる。
「もちろん歌もダンスも一生懸命やるけど、声優歴60年の人が同じ空間にいるワケじゃないでしょ?」
「あー、たしかに80歳くらいのおばあちゃん声優さんが歌って踊ってたら怖いな。観てみたい気もするけど。たとえば悟」
「ストップストップ! それ以上はダメ!!」
「たしかに大先輩がたくさんいると緊張しそうだよな」
「そうなんだ」
小さく息を吐き、高寺がうなずく。
「それにあたし、そもそもオーディションの空気感が好きじゃないんだよね」
「と言うと?」
「たとえば仲のいい子と当日バッタリ会って、『おーっ偶然偶然!』とか言い合うんだけど、心のなかじゃ『あり、そういやあたしってこの子とライバルなんだよな?』『なんなら同じ役も受けるよな?』って思ったり」
「ふむ」
「あと、オーディションってスタジオでやるんだけど、スケジュール書いた紙が貼ってて誰が受けるのかわかったりするんだよ。んでそこには有名な声優さんの名前が書いてあって……あたし、人と競うのあんま得意じゃないから、それ見ると『こんなの受かるワケないよ』って思っちゃうんだよね」
「んー、弱気になるのも無理ないなそれ」
「でしょー?」
同意が嬉しかったのか、高寺が前のめりになる。つまり、俺に近づく。
「なんなら弱気になりすぎてその場で事務所に出す辞表書くレベル」
「それはネガティブすぎでは……」
同意できなかったのか、高寺が身を引く。つまり、俺から遠ざかる。
「ってのはさすがに冗談だけど」
「冗談で良かったよ……ま、弱気になっても本気では望むし、やれる準備があるならしてくんだけどさ。できる準備があるのにしていかないのは失礼だから」
「案外真面目なんだな」
「体育会系だからね」
高寺はクスッと笑う。が、その笑顔は満開という感じではなく、五分咲きという感じ。弱気な自分が心のなかで顔を出しているのが俺にも感じられた。
遊園地でも思ったことだが、普段楽しげでテンションも高い彼女が、こうやって弱気な部分を見せると、意図せず大きなギャップが生まれるんだなと感じる。
と同時に、ソフトボールに打ち込んできた彼女が、人と競うのが苦手と言っていることを俺は不思議に感じていた。だって、スポーツって基本的には争いの連続だから。個人競技でも団体競技でもそこは変わらないし、チームの選抜に選ばれるためにも競争はある。
高寺の華麗なスイングを見ると、かなりの腕前なのは間違いないが、どうしてこういうふうに二面性のある性格になったんだろう……そう俺は感じていた。
○○○
その後、バッティングセンターに戻ると、俺たちはそれぞれ1000円使い終わるまで遊び、店を出た。
途中で2回休憩を挟み、ショップを見たりいろいろと雑談したりしていたものの、バットを振っていた時間などせいぜい数分。途中から同じタイミングで打席に入らず、後からお互いの打撃に茶々を入れたりしていたが、1時間いるのが限界だった。
というワケで、外はまだまだ明るい。二子新地駅に戻ると、駅の高架下にある珈琲館に入った。そこまで完璧な分煙じゃないのが玉に瑕だが、チェーン店にしてはコーヒーもスイーツも美味しい(と俺は思っている)ので、絵里子と時々やって来る店である。
まあ栄えている駅の隣駅の宿命と言うか、二子新地駅界隈は店が少なく、とくにチェーン店が壊滅的にないから、ここに来ざるを得ないという理由もあるんだけど。
あとパン屋と言い、絵里子とばっかり来てるな俺……。
俺は炭火珈琲とチーズケーキを、高寺はカフェオレハーモニーとアップルスイートポテトパイを注文した。さっきも赤いスポドリを飲んでいたが、赤いモノ以外注文できない決まりでもあるんだろうか。
そんなことを思いつつ、俺は炭火珈琲を口に含む。心地よくもまろやかな苦みが口のなかに広がり、喉の奥や胃が温まっていく。最近、やっとコーヒーの美味しさがわかってきた俺だが、運動後は体がカフェインを欲しているのか、いつも以上に身に染みる。
簡単に言えばまったりしていた。
と、そこで高寺がうかがうように、下の角度から俺を見ていることに気づく。
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