52 円とバッティングセンター2
「若ちゃん……ここ神だわ……」
うっとりした表情で高寺が、周囲をクルクルと見回していた。
「そうか。良かったな」
「もう毎週来るいや毎日来るいや毎時間来る……」
「それだと住むことになるぞ」
「ボールがあたしを呼んでる……」
俺のツッコミはスルーし、興奮で頬を赤くした高寺は階段をのぼっていった。やはり、2階スペースに興味があるようだ。
すべての打席が埋まっていて、待っている人もいた1階に対し、2階は半分ほどしか埋まっていなかった。
「あれ、2階は空いてるね」
「ほんとだな」
「なんでだろ。こっちのほうが面白そうなのに」
そう思った俺たちは、埋まっている打席のひとつを見る。すると、俺たちより少し年上と思わしき若い男性が豪快に空振り。中から出てきて、彼女と思わしき連れの女性に……
「打ちにくいこれ! なんか下からボールが来る感じ!」
と言うのが聞こえた。
「なるほど。ちょっと感覚違うんだな」
「ほうほう。てか、あたしにはちょうどいいかも……」
「ん?」
「ほらあたしソフト出身でしょ? 下投げだから、浮き上がってくる感じなんだ」
なるほど、たしかにそうだ。
「じゃ、ここでいいか?」
「うん! あたしはこの120キロので。若ちゃんは……こっちの90キロにしよっか」
「え、俺も打つの?」
「もちろん! せっかく来たんだし!!」
「えーっ……」
「いいからいいから!!」
そう言うと、高寺は俺の背中を押し、なかば強制的に打席内に押し込み、階段をあがる前に百円玉と替えていた専用コインを入れる。コインを使う形式なんだなここ。
「これでもう逃げられないよ」
「ったく強引だよなマジで……」
顔をしかめてみせるが、高寺はうししと笑いながら外へと出て行く。どことなく飛び跳ねるような歩き方になっており、テンションが上がっているのがよくわかった。
さて、おそらく5年以上ぶりのバッティングセンターである。バットの握り方さえあやふやで、一瞬高寺に聞きたくなるがさすがに男子としてそれは恥ずかしい……別のバットなら握り方ならわかるんだけどなげふんげふん。
そして、ボールが飛んでくると……当然ながら俺は空振りした。ゴムマットの音が盛大に響く一方、俺のバットは「本当にスイングしたのか?」と思うほど風を切っていない。
「がんばれー! 今のはあと50センチ上振ってたら当たってたよ」
「うるせえよ」
隣の打席に入った高寺が茶々を入れてくる。若干イラッときそうになるが、屈託のない笑顔を見るとその気も失せる。が、バットは相変わらず空を切る。
(てか2階で打つって結構怖いんだな……)
内心、俺はそんなふうに感じていた。ここに来るのが初めてだけでなく、そもそもバッティングセンターも10年ぶり? とかなのだ。実際、2階の打席はボールが少し下から来る感じがするし、あと柵がないのですぐそこが崖のような感じもある。たぶん、その恐怖心がバットコントロールを狂わせているのだろう。そういうことにしておきたい。
「2階で打つってムズくないか?」
そんなことを高寺に言うが、彼女はなにも返答しない。振り返って見ると、いつもと違った真剣な顔をしていた。
高寺はバットを一旦右肩のうえに置くと、スッと構える。力の抜けた、一目で経験者とわかる構えだ。両脚の幅がそれほど広いワケではないものの、制服で来ているのでいつもより丈がもうわずっている。細いが程よく引き締まった足は健康的で、見とれてしまいそうになって慌てて視線を上に戻す。
俺の耳元でボールがバンッと、ゴムマットが鳴り響く音が聞こえたが、そんなことはどうでも良くなるほど格好いい立ち姿だった。
高寺が左足をあげ、右足に体重を乗せる。ボールがバシッと機械によって放たれた直後、左足は地面に触れ、クルッと右半身が回転。左膝がストッパーのようになり、回転してきた右半身を受け止め、ねじりが生じ、キレイな軌道でバットが弧を描き……時速120キロで放たれた軟式ボールを打ち返した。金属の心地よい音が響き、ボールは中段へと飛んでいく。
高寺がニヤッと俺を見る。
「どうだい若ちゃん」
「いや、フツーに上手いな」
「全国大会で優勝したこともあるからね」
「え、それマジかよ」
「小学生のときだけどね。だから今くらいの打球なら……」
次のボールでも、高寺は快音を響かせる。今度の打球は放物線を描いている。
「そのときから打ててたな。結構パワー落ちちゃってる。家帰ったら筋トレしないと」
「それで力落ちてるのか……中学のときはもっとスゴかったんだろうな」
そう言うが返事はない。スイッチが入ったのか、また真剣な顔に戻っていた。
次にきた球はさっきの2球より、よりキレイな放物線を描いていった。
それを見た高寺は小さく息を吐く。すっかりスイッチが入ったようで、真剣な横顔はいつもの彼女とはかけ離れているようにも思えた。
見るほうがよっぽど楽しそうだな……と思いながら、俺は貧乏性を発揮し、当たらないバットを振り続けたのだった。
○○○
そんなふうに、高寺はどんどん快音を響かせていった。基本的には力が程よく抜けたフォームだが、時折あえて力を込めている場面もある。
ほんのり汗ばんだ前髪が固まりとなり、普段は隠れているおでこが露わになり始めると、高寺はシャツの二の腕のところでそれを拭う。腕まくりしているのと、借りた手袋をしているせいで、前腕部分では汗をぬぐえないようだ。
そして、お互い数ゲームを終えると、目配せしあって外に出る。ベンチに座った高寺は、ほんのりと汗を額に浮かべていた。軽く、肩が上下している。
俺は自販機で「R.E.D」という赤色のスポーツドリンクと水を買うと、高寺の前に差し出す。
「へ?」
「ほら、やるよ」
「え、くれるの?」
「最初のゲーム、200円入れてくれただろ? そのお返し」
「やったー! 若ちゃん気が利くなあ」
そう言いつつ、高寺は差し出した両方を普通に取った。
「ちげーよ、どっちか選べって意味だ」
「えー、そうなの? なら先に言ってよ」
「いや、言わなくてもわかることないか?」
「んーじゃあ高いのどっち?」
「スポドリのほうだな」
「じゃ、色赤いしそっちにする」
「なんで値段聞いた?」
俺は高寺から水を回収すると、彼女の隣に座る。
高寺はスポドリのペットボトルを開けると、ぐびぐびと飲み始めた。赤茶色の髪に赤色のドリンクは非常によく似合っており、もともとのビジュアルがいいのもあって、とても爽やかかつスポーツ少女。なんかのCMを観ているようだ。
そして、暑いのか動きやすくするためか、それとも動いて自然に取れたのか、シャツのボタンが上みっつ分開いていた。それでなにかが見えるというワケではないものの、どうしても男子としては彼女を見て話しにくくなる。
小学生の頃、「お話するときは人の目を見ましょう」とか言ってたけど、こういうシチュエーションで目を見て話すと、視界の下のほうに紳士としては見てはいけないものが入ってくるんだよな。そう考えると、視線を逸らすほうが紳士なのかもしれない。ってなんだそれ。
「てかなんでバッティングセンター?」
「なんで?」
高寺はキョトンと首をかしげる。
「え、それはあたしが昔ソフトやってたからだけど」
「それは知ってるけど」
質問しておいて、自分でもそりゃそうだと思った。質問スキルが低いと、わかりきったことしか聞けなくなってしまうんだよな……。
なので、俺は苦し紛れにカモフラージュしてみる。
「ストレス解消って意味もあるのかなーって」
「ああ、そういうことか。ストレスではないんだけど、でもそうかも……」
思いがけない反応だった。高寺の表情はさっきとは打って変わって少し暗くなっている。
「え、どういうこと?」
「じつはあたし、まだ未発表なんだけど、リズムゲームのオーディションに受かってさ」
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