第50話 森の中の洋館 2
Σ
ラキラキに案内された先に向かうと、急に鬱蒼とした林が拓け、森のど真ん中にぽっかりと空いたエアーポケットのような広い庭が現れた。
庭には肥沃な土が耕された跡があり、ささやかな畑と花壇まで設えられていた。
今は使われていないらしくかなり荒れているが、明らかにかつては人間が住んでいたのであろう痕跡だった。
俺たちは森のど真ん中に現れたこの場違いな空間に戸惑いながら、こっちこっちと誘導するラキラキのあとを進んだ。
すると緩くカーブした舗道の先、庭の一番奥に、立派な洋館が建てられていた。
鉛筆のように尖った屋根。
はめ込まれたくすんだステンドグラス。
遠くから仰ぎ見ると、住居というよりは教会か聖堂のようにも見えた。
近づいてよく見ると、外壁はびっしりと蔦や蔓で覆われており、ところどころ壁は破れ、かなり朽ちていた。
「誰か……住んでるのかしら」
セシリアが洋館を見上げながら呟いた。
「ほら、どう見ても廃墟でしょ。そもそも、こんなモンスターのうじゃうじゃいる森の奥に人間なんて住めないし」
ラキラキが腰に手を当てて言った。
「でものぉ、現にこうして家があるからのう。今は分からんが、昔はここに人間がおったんだろうの」
ブルータスが目を細めながら言った。
「とりあえず、中に入って声をかけてみよう」
俺が提案すると、3人は「おう」「うん」「……はい」とてんでに頷いた。
セシリアは少し、気後れしているようだった。
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玄関前の短い階段を上り、背の高い、教会のような扉を開いた。
暗かったので、“袋”から光草を取り出し、それで辺りを照らした。
中はかなり埃っぽく、いいだけ荒れていた。
どうみても人が出入りしているようには見えなかった。
ましてや人が暮らしているようには全く見えない。
念のため、すいませんと小さめに声をかけてみたが、やはり返事はなかった。
俺たちは様子を伺いながら、室内に足を踏み入れた。
中は豪華な廃墟だった。
床は大理石で、古くなり割れたシャンデリアが天井から吊ってあった。
壁には絵画が飾ってあり、広い廊下に甲冑が飾ってあった。
「こんな森の中に、こんな豪華な家が」
一歩踏み入れた瞬間から、すごい違和感があった。
かつて、この家にはどんな家族が住んでいたのか。
人里から離れて、魔物に囲まれて。
わざわざそのような不便な暮らしをしていたのか。
疑問が次々に頭をよぎった。
「あ、あの紋様」
つと、セシリアが壁にかかっている盾を指さした。
「どうした」
「あ、いえ、すいません。あの意匠、どこかで見たことがあるような」
豪華なその盾には双頭の蛇と棘の付いた植物の意匠が描かれている。
力強く、だが見ようによっては少し不吉なものにも見えた。
「へえ。有名な家紋が使われているとなると、ここは名門の貴族かなにかなのかな」
「おそらく……そうだと思います」
「そうなるといよいよ謎だな。この家は、誰のものだったのか。どう考えても貴族が住むような場所じゃない」
「どうでもいいっしょ!」
ラキラキが口を挟んだ。
「ここが誰の家だったか、なんてさ、マジでどうでよくない? よくなくなくない? だってもう住んでないんだから」
「まあ……そうなんだが」
「それじゃ、自分、ちょっとベッドを探してくるッス!」
ラキラキは急に体育会系な敬礼をして、光の残滓を振りまきながら奥に向かって飛んでいった。
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館は3階建てで、寝室は2階の一番奥まった場所にあった。
この世界の洋館というものはどこもそうであるのか、この館もとても広く、天井も高かった。
俺たちは今日はここで休むことにした。
ラキラキのお目当てのベッドも置いてあったから、彼女が即決した。
ただ、やはりブルータスが横になれるものはなかった。
だから、今日も俺も雑魚寝だ。
部屋を簡単に掃除して、残りの食事を済ませた。
しかし、ピリアを出て3日。
久しぶりに屋根と壁のある場所で休める。
ラキラキじゃないが、やはりこちらの方が落ち着くし疲れも取れる気がした。
「……しかし、みなさんすごいですね」
床に座り込み、セシリアが言った。
「なにがだ?」
「いや、その」
セシリアは身を縮め、辺りを伺うような素振りを見せてから言った。
「ルルブロさんたちは、怖くないんですか?」
「怖い?」
「はい。正直言って、その、私は結構怖いです。なんていうか――ここはお化け屋敷みたいで」
俺とブルータスは目を合わせた。
そして、どちらともなくぷっと噴き出した。
「わ、私、なにか変なこと言いました?」
「いいや、すまんすまん」
ブルータスはガハハと笑った。
「セシリア、ワッシらはそのお化けみたいなもんじゃないんか」
「あ、そう言えば」
「今更なにを怖がることがある」
「それはそうですけど――いいえ、やっぱり違いますよ。ルルブロさんとブルータスさんは実体がありますし、お化けとは違います。私が言いたいのは、なんていうかその……ああ、よく分からない」
セシリアはやっぱり上手く言えないようで、頭を抱えた。
「ま、なんとなく言いたいことは分かる」
俺は苦笑した。
俺も元人間だ。
人間だったころの俺なら、こんな場所は怖くて一秒たりともいたくないはず。
それに比べれば、セシリアは立派なもんだ。
「ねえ、ちょっと」
ベッドの上で胡坐をかいていたラキラキが口を挟んだ。
「ん? どうした」
「今、なにか音がしなかった?」
ラキラキは眉を寄せ、深刻そうに言った。
俺は肩を竦めた。
また始まった。
「そう脅すようなことを言うなって」
「脅し?」
「セシリアをびびらそうってんだろ。あんまり意地悪してやるなよ」
「そうじゃないってば。あたしそんな子供っぽいことしないし」
「いや、するだろ」
「うん。するわね。よく考えたら、しまくるわ。しまくるけど、今はしない。今、マジでなんか変な音がしたのよ」
「いや、そういうのもういいから――」
「ほんとだ!」
今度はセシリアが言った。
「ルルブロさん、ちょっと静かにしてみてください」
俺は首を傾げた。
なんだ、セシリアまで。
訝りながら、言われた通り口を閉じた。
一秒、二秒、三秒。
何の音もしないじゃないか――そう思った、その瞬間。
――ポロロン
館のさらに奥の方から、確かになにやら音がした。
それもガサガサとかゴソゴソと言ったものの擦れるような音ではなく、これは――
「ピアノの、音」
セシリアが呟いた。
そうである。
今確かに、この建物のどこかから、ピアノの調べが聞こえた。
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