第49話 森の中の洋館
Σ
ピリアの街を出ると、俺たちはひたすら東に向かって歩いた。
草原を抜けると
ぬかるみに足をとられながらさらに半日ほど歩くと、今度は深い森に入った。
昼でも暗い道は肌寒く、多くの虫や動物がいてもなお荒涼としていた。
けれど、その世界さえ、俺には楽しかった。
数十年ずっとダンジョンにこもりっきりだった俺からすると、目まぐるしく変わる景色の変化が楽しかった。
俺たちモンスターは体力に自信がある。
移動するだけなら、いくら歩いてもあまり疲れない。
しかし、人間は違う。
セシリアが仲間になったからには、少しづつ休みながら進まないとならないだろう。
そのように考えていたのだが――
「さあ、今日中の内に森を抜けちゃいましょう!」
一日中歩き、もう夕方に差し掛かったというのに、セシリアは先頭を進みながらハツラツに言った。
彼女のスタミナは無尽蔵だ。
「うへ。優等生しんど。うざ。だる。めんど」
ラキラキはうんざりしたような顔で言った。
「セシリアさ、あんたちょっとハリキリ過ぎじゃない? こっちにもペースってもんがあるんだから」
「あ、ごめんなさい。ラキラキちゃん、疲れちゃいましたか」
「そうよ。こっちはあんたと違って乙女なんだから。それとちゃん付けやめなさい。あたしの方が年上なんだから、さん付けにしなさい」
「ごめんなさい。見た目が可愛いから、つい」
「エルフはみんな容姿がロリっぽいの。だからよく変態に好かれちゃって困るんだけど――でも、だからって舐めちゃダメよ。私はあんたの数倍生きてるんだから」
「そうですよね。気を付けます、ラキラキちゃん」
「だから! さん付けなさい!」
「ああっ! ごめんなさい」
「あんたわざと言ってんでしょ!」
ラキラキはぷんすか怒った。
俺の肩の上で。
「ラキラキ。お前、ずっと俺に乗っかってただろ。どうして疲れるんだよ」
俺はぶらんとぶら下がった蔦をくぐりながら言った。
「うるさいわね。昔から決まってるのよ。美少女は体力がないの」
「少女って年じゃないんだろ」
「やかましい」
「それに、セシリアはお前と違って本物の美“少女”だけど、あの逞しさだ」
「どつくわよ」
ラキラキはそう言うと、実際に俺の頭をぺしりと叩いた。
コイツ、だんだん芸人みたいになっていく。
「はあ、とにかく疲れたわ。別に急ぐ旅じゃ無し。ここいらでもう休みましょ」
ラキラキはそう言うと、俺の頭にもたれかかった。
しょうがねえなあ、と俺は息を吐いた。
「どうする、ブルータス」
俺は横を歩く巨人族のブルータスに問うた。
「ワッシはどっちでもええぞ。まだ歩けるけど、眠いといえば眠いし」
「よし。じゃあ、ちょっと早いが適当な空き地があったらテントを張るか」
「ちょい待ち」
またラキラキが口を挟んだ。
「あたし、もうテント嫌なんだけど」
「贅沢言うな。つか、俺たちはずっとダンジョンじゃ雑魚寝だったろ」
「やだ! またベッドで寝たい!」
ラキラキはそうわめきながらジタバタした。
どうやら、セシリアの家で暮らした数日の“人間の生活”にすっかり慣れてしまったようだ。
「次の街でセシリアに寝具を見てもらうか。それでいいだろ」
「やだ! 今日ベッドで寝たい」
「子供かお前は」
「子供だもん! やだやだ!」
やだー! と、ラキラキはしばらく駄々をこねていた。
Σ
テントを張りおえ、火をたいて、食事を済ませた。
するとすぐにブルータスは寝入ってしまい、ラキラキは水浴びがしたいと近くにあったささやかな湖へと向かった。
俺とセシリアは二人きりになり、焚き火を囲んでいた。
「どうだ。大変だろう、魔物との旅は」
俺は落ちていた小枝で火をつつきながら言った。
「いいえ。楽しいです。とっても」
セシリアは火を見つめたまま言った。
「私、あの街から出たことがなかったですから。この景色も、空気も、そしてルルブロさんたちも。触れるものすべてが新鮮で、楽しいです」
セシリアの顔がオレンジに照らされている。
その表情は、お世辞を言っているようには見えなかった。
「ラキラキも?」
俺は少し意地悪く聞いてみた。
すると彼女は満面の笑みを浮かべて、「もちろんです」と即答した。
「ねえ! ちょっと、こっち来て!」
そのとき。
いきなり、背後からラキラキの声がした。
「んだよ、今度は」
俺は浅くため息をついて、振り返った。
まったく、こいつは静かなときが一秒たりともないのだろうか。
すると、ラキラキは興奮した様子で後ろを指さしながら、
「なんか“家”がある! でっけー“家”!」
と、言った。
「家?」
俺は首を傾げた。
「こんな山奥に、人間の家なんかがあるのか」
「そう! マジであった!」
「ふーん。珍しいこともあるもんだな」
「なにそのリアクション! んな呑気なこと言ってないで、行ってみましょうよ」
「嫌だよ。人が住んでんだろ」
「いいじゃん! あたし、ベッドで寝たいし!」
「駄目だ。迷惑をかけるんじゃない」
「廃墟かもしれないじゃん! だったら、勝手に使ってもいいわけでしょ」
「……それは、まあ」
「決まりね!」
ラキラキはぱちん、と指を鳴らした。
「そうですね。行くだけ行ってみましょうか」
意外とセシリアも興味津々のようである。
俺はでかいため息を吐いた。
仕方がない。
どうせラキラキは言い出したら聞かないから。
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