第48話 旅立ち


 Σ


「反対反対! 大反対なんだけど!」


 セシリアが正式に俺たちの仲間になることを伝えると、ラキラキは大げさに大騒ぎした。


「なんだよ。別にいいだろう」


 俺はそう言って、空を見上げた。

 今日は雲一つない晴天。

 旅立ちには最高の日和だ。


人間セシリアとモンスターが一緒に旅するなんて変だわ! そうでしょ、ブルータス!」

「ワッシは別に構わんよ」


 ブルータスは呑気にそう言った。


「大体、今更人間だなんだと区別する必要もないだろう。ワッシはもうすっかり慣れた。のう、セシリア」


 ブルータスは一番後ろを申し訳なさそうに歩いているセシリアを振り返った。

 セシリアは「すいません」と申し訳なさそうに頭を下げた。


「ごめんなさい、ラキラキさん。無理やりついてきちゃって」


 そう言って頭を下げる。

 目がウルウルと潤んでいる。


 それ見て、う、とラキラキは怯んだ。


「な、なによ。なにも泣くことはないでしょ」

「いいえ。私が我儘を言ったから、ラキラキさんにも迷惑をかけてしまって」


 また涙声。


「ったく、お前も意外と心が狭いな。種族だなんだ、そんなのはどうでもいいだろ」


 俺は肩を竦め、やれやれ、という風に首を振った。

 ラキラキは眉根を寄せ、ちょっとヤンキーみたいになりながら「ああん?」と俺を睨んだ。


「だーれが種族なんて気にしてんのよ。言っとくけど、あたしはそんなの全く気にしないわ」

「んだよ。さっき人間とモンスターが一緒なのはおかしいって言ってたじゃねーか」

「あれはイチャモンつけたかっただけよ」

「は?」

「セシリアが来るのが嫌だから難癖つけただけよ」


 ラキラキは情けないことをさも自慢げに語った。

 お前最悪じゃねーか、と俺は呆れた。

 うるさいわね、とラキラキは開き直った。


「それで、それじゃあどうしてセシリアが仲間になるのが嫌なんだ」

「そんなの決まってるじゃない。それはコイツが――」


 “女”だからよ!


 ラキラキはズバリ、言った。


「は? なんだそれ」

「このパーティに女は私一人で良いのよ! メインヒロインはこの私だけ! パッケージヒロインはこのラキラキちゃんだけなんだから! あんな娘がパーティに入ってきたらブレるのよ! コンセプトがブレッブレになっちゃうのよ!」


 ラキラキは訳の分からないことをぎゃあぎゃあと喚き散らした。

 俺ははあと大きく息を吐いた。


「あの……やっぱり、私、図々しかったでしょうか」


 セシリアはラキラキの戯言(たわごと)を真に受けてしょんぼりしている。


「気にすんな。あいつはいっつもあんな感じだから」


 俺が言うと、セシリアははい、と努めて笑った。

 せっかくの旅立ちだというのに、やはりあまり元気がない。

 やはり、イザベラを街に残してきたことを気にしているんだろう。


「昨日、オーギュストがエリザベートに会ったらしいぜ」


 と、俺は言った。


「……え?」

「そしたら、アイツ、すげー驚いてたよ。あのお転婆のお姫様があまりに変わってたから」

「エリザベート様が……変わってた?」

「ああ。この国を変えるんだって、息巻いてたようだ。オーギュストは驚いてたが、全力で彼女をサポートするって言ってたよ。だからきっと大丈夫だ。ピリアは変わる。あの二人なら、やってくれる」

「そ、そうでしょうか」


 なおも心配そうに、セシリアは言った。

 らしいなと思って、俺はくすりと笑った。


「オーギュストの野郎、なんかすげー燃えてたぜ。今度、俺たちがまた帰って来た時、その時はセシリアが住みたくなるような街にしとくってよ。早速、新しい役職を与えられて今日からいきなり忙しいみたいだ。だから、見送りできなくてすまないって」


 セシリアは「そうですか」と言い、また申し訳なさそうに俯いた。


 オーギュストはセシリアが俺たちについてくると聞いたとき、とても驚いていた。

 そしてなにか言いたげだった。

 本当は行ってほしくないのに違いなかった。

 だが、その言葉を飲み込み、俺に向かって「よろしく頼む」とだけ語った。

 セシリアはずっとピリアの街に縛り付けられて来た。

 オーギュストはそのことを看過してきた。

 何年も何年も、見過ごしてきた。

 だから、何も言わずに送り出すことが、あいつなりに罪滅ぼしのつもりなんだろう。

 

「そんな顔するなよ、セシリア」

 と、俺は言った。

「イザベラもオーギュストも、みんなお前に自分の人生を取り戻してほしいんだ。これまで犠牲にしてきたものを取り返して欲しいんだよ。だから――だから、お前が彼らに申し訳ないという気持ちがあるなら、もう、気に病むことはやめろ。思いっきり、お前の“これから”を楽しむんだ。それが、あいつらに対してお前が出来ることだ」


 そうだろう、と俺はセシリアを見た。

 すると彼女は目を潤ませ、はじめは遠慮がちに、だが2回目は大きく、「はい!」と頷いた。


「そうか……そうですよね」


 セシリアは独り言ちるように言い、急に、前を行くラキラキの方へと走り出した。

 それからラキラキの前に回り込むと、


「ラキラキさん! これから、よろしくお願いいたします!」


 と、元気よくそう言い、頭をぶんと下げた。


 ラキラキはすごく嫌そうな顔をした。

 だが、やがて大きくため息を吐いて、


「……はいはい。もう分かったわよ。しょうがないわね」

「ありがとうございます! あ、それから」


 セシリアは俺の方を見た。

 少し顔を赤らめて、はにかんだようにして。


 俺は首を捻った。

 なんだ、あの表情かお


「私、負けませんから!」


 セシリアはラキラキの方に視線を戻すと、少し挑むようにそう言った。


「……は?」


 ラキラキは顎を突き出した。


「私はラキラキさんにもとても感謝しています。でも――は別ですから!」

「は、はあ!? あんた一体、何を言って――」

「それじゃあ! よろしくお願いいたします!」


 セシリアはそれだけ言うと、またぶん、と頭を下げた。

 それから横にいるブルータスにも「ブルータスさんも、よろしくお願いします!」と言って、ぺこりと頭を下げた。

 するとブルータスは「おうよ」と笑い、彼女をひょい、と持ち上げた。

 そのまま肩に乗せてやり、ずんずんと歩き出した。

 セシリアは最初は驚いていたが、やがて楽しそうに笑いながら、ブルータスの首に手を回し、ブルータスに身体を預けた。

 こっちの二人は気が合いそうだ。


「ちょい待ち! 前言撤回! やっぱりその女がパーティに入るの反対! 断固反対だわ!」


 ラキラキは大声で叫んだ。

 手をジタバタさせながら、「降りてきなさい! まだ認めてないわよ!」などと喚き散らした。


 やれやれ、と俺は苦笑した。

 どうやら、騒がしい旅になりそうだ。


 目の前には、どこまでも続く草原が続いている。

 ざあと風が吹いて、草花が色を変えながら風の跡を残して靡いていった。

 すーと息を吸い込むと、ひんやりとした空気に胸が透いた。


 あの向こうには、何があるのか。

 次の街にはどんなことが待ち受けているのか。

 そんなことを想っていると、俺は自然と微笑んでいた。



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