第47話 約束


 Σ


 次の日の朝。


 俺たちは出かける準備を整えた。


 準備、と言っても、俺たちはモンスター。

 大した装備は着てないし、荷物は全部“袋”に入ってるし。

 旅支度と言っても、特にすることもない。


 だから、せめてしばらく世話になったこの部屋を掃除していた。

 まあ、掃除をしたのは俺だけで、ブルータスとラキラキはごろごろしていたけど。


 今日は日が昇ると同時に出発することになっている。

 予定通り、ここから一番近くにあるダンジョンまで、セシリアに案内してもらうのだ。

 一番近く、と言っても、往復で3日はかかるらしい。

 かなり拘束時間が長くなる。

 セシリアには申し訳ないが、彼女の案内がなければ辿り着けない。


 しかし。

 この街の行方に未練がないかと言えば、そんなことはない。

 エリザベートは本当にこれまでの暴走を止めるだろうか。

 ルードヴィヒ家への差別を辞め、世間を変えられるだろうか。

 彼女は――セシリアを諦めることが出来るだろうか。


 だが、これ以上はもはや俺の出る幕じゃない。

 俺たちは流浪のモンスターパーティー。

 深く立ち入りすぎてはいけない。

 なんとなく、そんな気がした。


 セシリアとイザベラは、仲良く生きていけるだろうか。

 とはいえやはり、あの母子のことは心配だ。

 アレッキーオの遺言通りに、仲の良い二人に戻れるといいが。


「ルルブロ」


 考え事をしながら箒で床を掃いていると、ブルータスが話しかけてきた。

 俺は振り返り、「お前も手伝え。世話になったんだから」と言った。


「ルルブロ。客だ」


 しかし、ブルータスは俺の方を見ずに、そんな風に言った。

 彼の目線の先を見やると、そこにはイザベラが立っていた。


 俺の視線に気づくと、彼女は深々と頭を下げた。


「ルルブロ様。少し、お話が」


 俺は顎を上げた。

 それから、“袋”に箒とチリトリを収めながら「そうだな」と言った。


「俺も、あんたと話がしたかった」


 Σ


 イザベラは俺の前までやってくると、いきなり床に座り込み、頭を深く下げた。

 まるで土下座だ。

 俺は驚いて、「おいおい、やめろよ」と彼女の肩に手を置いた。


「この度は本当に申し訳ありませんでした」

 イザベラはそのままの格好で言った。

「私は、どうかしておりました。この身を助けてくれたルルブロ様にも、とても無礼なことをしてしまった」


 老いた背中が震えていた。

 怯えているのが分かった。


 きっと、ここにやってくるのにも、相当な勇気が必要だったはずだ。


「顔を上げろって」

 と、俺は強引に体を起こした。

「あんたみたいな人にそんなことされちゃ、たまんねえよ」


「し、しかし」

「いいんだよ。俺なんかに謝る必要はねえ。俺はあんたを悪い奴だとは思ってねえ」


 彼女もヒュンドルに憑かれていた一人なのだ。

 俺は、そう思っている。


 イザベラは顔を上げた。

 顔をくしゃくしゃにして泣いていた。

 泣き顔はセシリアに似ていた。


「ルルブロ様」

 イザベラは跪き、祈るようなポーズを取って、言った。

「どうか、お願いがございます」


「お願い?」

「はい。この期に及んでこんなことを言うのは烏滸がましいのですが――セシリアのことです」


 俺は首を傾げた。


「なんだ。セシリアがどうかしたのか」

「どうか、あの子をルルブロ様たちの旅に連れて行ってあげてくださいませんか」


 思わず目を細めた。


「……セシリアが頼んだのか」


 俺が問うと、イザベラは「いえ」と短く首を振った。


「私も母ですから。あの子の望んでいることは分かります」


 イザベラは痛みに耐えるような表情を見せた。


「あの子は、この国に縛り付けられていることに絶望しておりました。自分はどうあってもここから逃げられない。黄昏たこの辺境の地に一生縛られたまま。そのことを悟って、静かに嘆いていた。私は、ずっと申し訳なく思っていた。それをしていたのは、私の病でしたから」


 イザベラは顔の皺を深くして、俯いた。

 気の遠くなるほど長い呪縛。

 それは、彼女にも当てはまるのだろう。


「しかし、それもルルブロ様のおかげで終わり。あの子はもう、自分の好きなように生きていける」

「いいのか。たった一人の娘だろう」


 と、俺は言った。


「もう、あの子をこの街から、この家から、そして私から、解放させてあげたいんです」


 イザベラは目を伏せ、微かに笑った。

 俺はその時何故か、自分の母親のことを思い出した。


「分かった」

 俺は頷いた。

「その代わり、今生の別れにはしない。いつか、俺たちの旅が終わったら、再びセシリアをここに送り届ける」


 イザベラはハッと目を上げた。

 そして、「どうかお願いします」と深く頭を下げた。


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