第46話 ルルブロとラキラキ
Σ
別宅に戻ると、ブルータスは酔い潰れて寝てしまっていた。
俺はまだ少し興奮していて眠れそうになかったが、さすがに休んだ方がいいだろうと思い、ブルータスの隣に寝転んだ。
そうしてしばらく天井を見ていた。
自然と、セシリアの顔が思い浮かんだ。
彼女はすげー美人だ。
俺の元居た世界だと、テレビやゲームの中に出てくるような完璧な美少女。
そんな子にキスをされたんだ。
転生前の俺なら、ベッドで転がりまくるほど喜んでいただろう。
だが、今の自分はあまり嬉しい、という気持ちにはならなかった。
そのことがちょっと、悲しかった。
俺はもう、人間ではないから。
ただそれでも。
ドキドキはした。
やはり寝付けない。
俺はむくりと起き上がり、近くに落ちていたワインの瓶を拾った。
振ってみると、少しだけ残っていた。
大人がよく酒を飲んでいたが、不思議だった。
普通に生きていて、アルコールを飲みたいなんて思ったことない。
だが。
今はちょっとだけ、酒を飲みたかった。
えい、と一口飲んでみた。
口中に、苦くて発酵したフルーツの味が広がった。
まっず。
俺はなんとか口に入れた分だけ飲み干すと、顔を顰めて、ベロを出した。
こいつら、こんな不味いもの飲んでやがるのか。
「あー……気持ち悪い」
その時、背後から声がした。
先ほどまで泥酔していたラキラキだった。
死ぬほど顔色が悪い。
「おう、酔いは醒めたか」
「……うん。でも、ちょー気分わるい」
「くはは。ざまあみろ」
「なによ。意地悪ね」
「調子に乗るからだ。もうちょっと酔い覚まし飲むか」
ラキラキはむーと唇を尖らしながらも、うん、と頷き、手を差し出した。
俺は袋から柏の葉に包まれた砂粒の薬を手渡した。
「で、ルルブロ。あんた、こんな夜更けにどこにいってたのよ」
薬を水で流し込んだ後、ラキラキはまたぞろ、俺にもたれかかるようにして、絡んできた。
「ちょっとな」
俺はなんとなく誤魔化した。
理由はないが、なんとなく。
「セシリアでしょ」
すると、ラキラキはずばり、言ってきた。
「なんだよ。知ってたのか」
「やっぱりね」
ラキラキはちょっと目を細めて苦笑した。
「全く、あのお嬢ちゃんも大人しそうに見えて、意外と大胆よね。夜中に男を呼び出すなんてさ」
「大げさだな。単に、景色を見に行っていただけだ」
「景色?」
「ああ。助けてくれたお礼に、見せたい景色があったんだとさ」
ふーん、とラキラキは半目になった。
「なあ、お前、セシリアのこと、どう思う」
「どうって」
「あいつ、これから幸せになれるかな」
「は。なにそれ」
「いや、やっぱ心配じゃん。あいつっていつも控えめでおどおどしてるしさ。俺たちがいなくなっても大丈夫かなって」
「
ラキラキは肩を竦めた。
それから胸に手を当ててゆっくり残りの酔い覚ましを飲みほし、俺を見た。
「でもさ。今、現在のことは分かるよ」
「現在のこと?」
「そ。セシリアの今。あの子、きっと幸せだよ」
「よく分かんねえな。どうしてそう思う」
「恋してるから」
「……は?」
俺は首を傾げた。
予想外の言葉が出てきた。
女はさあ、とラキラキは人差し指を立てた。
「女はさ、恋をしてる時が一番幸せなのよ。それも、片想い。苦しくて切ないけど、それが幸せでもあるの」
「つまり、セシリアは今、誰かに惚れてるってことか」
「そ。それも、片想い。一番いいやつ」
「ちょっと待てよ」
俺は顔を顰めて首を傾げた。
「セシリアの恋の相手はオーギュストだろ。なら両想いじゃねーか」
ラキラキは急な真面目な顔になり、無言で俺を見つめた。
「ルルブロさ。あんたそれ、マジで言っている?」
「は?」
「あんたって、ほんと、絶望的に鈍感ね」
ラキラキははあと大きく息を吐いた。
「ったく、あたし、鈍感系男子ムカつくのよね。今どき流行んないのよ」
「何言ってんだよ。全然分からねえ。分かるように言え」
「セシリアはオーギュストに恋心なんて持ってないわよ」
ラキラキはぴしゃりと言った。
俺は目を見開いて、「マ、マジ?」と言った。
「マジよマジ。大マジよ。オーギュストは、そうね、良いお友達って感じ。よくてちょっとカッコイイ近所のお兄さんどまり」
「嘘だろ」
「嘘言ってどうすんの」
ラキラキは「いい?」と俺を指さした。
「あの子は確かに今、恋をしてる。あたしはモンスターだけど女だからね。そのくらいは分かる」
「じゃあ、あいつは一体、誰に惚れてるって言うんだよ」
ラキラキは俺を見た。
それから俺の両肩に手を置き、「ほんとに分かんない?」と聞いてきた。
「分からねーから聞いてるんだろ」
ラキラキは呆れたように首を振った。
「駄目だこりゃ。処置無し」
「おい、気になるだろうが。教えてくれよ」
「やだ」
「なんでだよ」
「あんたみたいなのはね、女の敵なの。誰が教えてやるもんですか」
ラキラキはツンとそっぽを向いた。
俺は腕を組み、首を傾げた。
オーギュストじゃないとすると、一体だれなのか。
まさか――エリザベート……はないような気がするが。
「ちなみに」
ラキラキはちらと俺を見た。
「あんたは、セシリアのこと、どう思ってんのよ」
「どうって。別に。仲間だよ」
「ふーん」
「なんだよ、その顔は」
「見たまんまよ。ホントかしらって顔」
「んだよ。ほんとだよ。仲間以外、何があるってんだ」
「そんなもんかねえ」
ラキラキは何故か、ちょっと拗ねているような表情を見せた。
ほんと、こいつはよく分からない。
「あ、そうだ」
俺はつと思いついて、ラキラキに言った。
「ラキラキ。ちょっと、俺の頬っぺたにキスしてみてくれよ」
ちょうどコップの水を飲んでいたラキラキは「ブーッ!」と盛大にそれを噴き出した。
「な、なによ、何言い出すのよ、いきなり」
「ちょっと実験したいんだ」
「じ、実験?」
先ほど起きた現象。
あれがセシリアの錯覚だったのかどうか、試してみたい。
「ああ。別にいいだろ?」
「良くないわよ。なんであたしがあんたなんかに」
「いいじゃん。お前はもったいぶるようなキャラじゃないだろ」
「……は?」
「そういうキャラじゃないじゃん。だから頼むよ。軽くでいいからさ、頬(ここ)にチュっと」
俺はそう言って、自分の頬を差し出した。
ラキラキは「あんたねえ」と少し声を震わせた。
「んだよ。駄目なのか」
「……分かった。いいわ。してあげる」
「おう、頼むよ」
「だけど、ちょっと照れ臭いからさ、目をつむってくれる?」
「へいへい」
ラキラキが近づいてくる。
俺は言われた通り、目をつむった。
それから少し間があいて。
バチーン。
真夜中の室内に、思い切りビンタの音が響き渡った。
「な、何すんだよ!」
俺は叩かれた頬に手をあてながら、ラキラキに言った。
すると彼女は「うるさいバーカ!」と怒鳴り、ベッドに戻ってしまった。
「なんなんだよ、全く……」
俺はジンジンする頬をさすりながら。
わずかに残っていたワインを、またちびりと飲んだ。
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