第42話 変革

Σ


「つまり、私は罪人なのよ。いくら貴族でも領主の娘でも関係ない。そんなことがバレたら――私は全てを失うわ」


 エリザベートは乾いた笑い声を漏らした。

 寂しい横顔は、もはや、高圧的な令嬢のそれではなかった。


 ――なるほど。


 俺は“袋”から、何の道具も出さぬまま、手を抜いた。

 考えてみれば、一旦手を入れ、何も出さなかったのは初めてのことだった。


「あんたを“消す”のはヤメだ」


 と、俺は言った。


「なんですって?」

「エリザベート。お前は生きろ。生きて、闘え」

「闘う?」

「馬鹿げた社会のシステムと闘うんだよ。お前の立場なら、それが出来る」


 と、俺は言った。


「恋愛が罪だなんて、そんな馬鹿げた話があるか。あんたは、そういう狂った常識を変えるんだよ。あんたの立場なら、それが出来るはずだ」

「けど――」

「いいから聞け」


 俺は少し大きな声を出した。


「あんたは自分の尊厳を、馬鹿げた法律で踏みにじられてきたんだろう。それがムカついてしょうがないから、その原因となったセシリアに八つ当たりしていたんだ。だが、それじゃあいつまで経っても腹が立ったままだ。何も解決しない」


 エリザベートは俺を睨みつけていた。

 無言で、じっと俺を見ていた。


 セシリアだらけの室内に、静寂が落ちた。

 時計の針の音がまた、カチカチと耳についた。


「生き方を変えるのはしんどいことだ。これまでの自分を否定するのは誰だって辛い。だが、だからっていじけてるだけじゃあ辛いままだ。」

「……知った風な口を利くじゃない」

「経験談だよ」


 その時、俺の脳裏にラキラキの顔が思い浮かんだ。

 あんまり認めたくはねーけど……俺は彼女(あいつ)に出会って、間違いなく変わった。

 

「つい最近知ったんだけどよ。人のために何かをしてやる、人を助けてやるってのは、存外に気分のいいものだぜ」

「綺麗ごとにしか聞こえないけれど」


 エリザベートは皮肉っぽく言った。

 いつの間にか、あの燃え盛るような敵意が消えているように、俺には見えた。

 だが、はまだ残っている。


「綺麗ごとだよ」

 俺は口の端を上げた。

「だが、人間はそのために生まれて来たらしいぜ。即ち――幸せになるために」


「気障(キザ)な男」

「受け売りだよ。俺の言葉じゃない」


 俺は肩を竦めた。

 それから彼女を見据えて、言った。


「セシリアに想いがあるならまず自分を変えろ。彼女に相応しい人間になるんだ。そのために、お前は自分の出来ることをやれ」


 エリザベートは目を伏せ、短い間、沈黙した。

 だがすぐに顔を上げ、流し目で俺を見た。


「……あなた、名前は」

「名前はない。だが、ルルブロと呼ばれている」

「ルルブロ。あなた、とても生意気ね」


 俺はにやりと笑った。


「これが性分だよ。気に食わないか?」

「ええ。とっても」


 エリザベートは満更でもなさそうに言った。

 背筋がぞくりとした。

 そんな表情(かお)だった。


「そうか。で、どうする?」


 俺は顎を上げて、そう問うた。

 するとエリザベートは「そうね」と呟き――


 ほんの少しだけ、笑ったのだった。

 

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