第30話 地下室にて 2


 Σ


「ちょっと待て待てーい」


 その時。

 いきなり、寝ていたはずのラキラキが、俺たちの間に割って入ってきた。

 お尻をぐいぐいと割り込ませ、俺とオーギュストの間に強引に座り込む。

 すっぽりと収まると、満足そうに鼻から「んふー」と大量の息を吐いた。


「なによー。男同士でイチャイチャしちゃって。あたしも混ぜなさい!」

「ラキラキ。起きてたのか」

「うん。今さっき」


 ラキラキは目をこすりながら言った。

 まだ少し眠そうだ。


「ちょうどよかった。ラキラキさんにも聞いてもらいたいと思っていました」


 オーギュストが優しく微笑み、話しかけた。


「なによー。色男、あんたあたしに意見が聞きたいわけ?」

「はい。ラキラキさんのようなうら若き乙女の意見が」

「うら若き乙女?」


 ラキラキは目をキラキラと輝かせた。

 それから嬉しくてたまらない、という風に口をむずむずさせる。

 彼女は人を褒めるのは苦手だが、人に褒められるのは得意だ。


「ね。あたしって、そういう風に見える?」

「ええ、もちろん。とても可愛らしい女性です」

「アハ。ほんと? マジ?」

「ええ、マジです」

「やったー!」


 分かりやすくはしゃぐラキラキに、オーギュストは少し目を細めた。

 恐らく、彼の言葉に嘘は無い。

 こういうところ、ラキラキは素直で本当に可愛い。

 そこのところは俺も認めざるを得まい。


 それから。

 オーギュストは先ほどの話をもう一度した。

 セシリアのために、好きでもないエリザベートと結婚すること。

 自らの人生をセシリアへの贖罪に使うこと。

 それらをどう思うかと、彼はラキラキに改めて問うた。


「そーねー」


 ラキラキは頬に手を当て、少し考えるそぶりを見せた。

 それからすぐに満面の笑みを浮かべて、


「ぜんっぜん、分かんない!」


 と言って、親指を立てた。


「……んだよ、それ」


 と、俺は言った。


「せっかくオーギュストが相談してんだ。なんつーか、ちょっとくらい助言とか感想とかねーのか」

「ない! 全くないわ! あたしモンスターだし! 人間のこと聞かれたって分かるわけないし!」


 ラキラキは何故か胸を張った。

 オーギュストはあははと笑った。


「たださー」

 ラキラキはちょっと口を尖らせ、続けた。

「そんなことより、あんたらってなーんか勘違いしてると思うんだよね」


「勘違い、ですか」

「うん」

「それは一体、何に対してでございましょう」


 ここに至っても、オーギュストは紳士的な態度だ。

 うーんとねー、とラキラキは言った。


「全部よ、全部。例えば、セシリアやエリザベートのこととかさ」

「セシリアとエリザベート? どういう意味だい、それは」

「うーん。なんていうかさ。女子って、男が思ってるほど単純じゃないよ」


 少しどきりとする言葉だった。

 こいつは時々、芯を突くようなことを言うから侮れない。

 ……本当に時々、だが。


 俺とオーギュストは再び目を合わせた。

 どういうことだい、と再びオーギュストが問うた。


「どうもこうもないんだけど。言葉通りなんだけど」

「私たちは、彼女たちの本質が見えてない、と言いたいのかい」

「そういう難しい言葉使わないで」

「ああ、すまない。なんと言えばいいのかな」

「とにかくさー。あんたたちはセシリアたちの事、全然、分かってない。つまり、呆れるほど鈍感ってことよ」


 ラキラキは偉そうに言った。

 オーギュストは深刻そうな顔つきになり、「……そうか」と呟いて深く考え込んだ。


「おい、オーギュスト。あんまり真に受けるなよ。こいつはいつも適当だ」


 俺は言った。

 ラキラキは「なんだとー?」と言って、俺に絡みついてきた。


「とはいえ、だ」

 それを振りほどきながら、俺は言った。

「ラキラキのいうことも一理あるのも事実だな。エリザベートはともかく、セシリアは何しろひどい目にあってきた。トラウマが強すぎて、実は俺たちを信用していない、なんてことはあるかもしれない」

「そういうことじゃないのよ」


 すぐにラキラキに否定される。


「信用はしてるわよ。セシリアは良い子ちゃんだもの。それは間違いない」

「じゃあ間違ってないじゃねーか。俺はセシリアをいい奴だと思ってるぞ」

「そうじゃないんだってば。良い子は良い子でも、ルルブロたちの思ってるような子じゃないの」

「どういう意味だよ」

「良い子ちゃんは良い子ちゃんでも、ただの良い子ちゃんじゃないってこと」

「だからそれはどういう意味だよ」

「分かんないならいーよ。あんたたちはあの子のことも分かってないけど、そこは問題じゃないからさ。問題は、“良い子ちゃんじゃない方”の人間」

「そりゃあエリザベートだろ? 奴が問題なのは分かってるって」

「分かってない。あんたはぜんっぜん、あのいけ好かない女のこと、分かってない」

「は? 俺がエリベートのことも見損なってるって?」

「そ。だけど、あの女も、今は別に問題じゃない」

「さっきからなんだよ、それ。訳わかんねーな。お前は一体、何が言いたいんだ」


 ラキラキの非論理的な言葉に頭がこんがらがる。


 こいつは思ったままに、自由奔放に言葉を紡ぐから、時々言いたいことがよく分からない。

 そして、分からないからと言って、説明なんてしてくれない。

 しかし――彼女のセリフには、何か重要なものが隠れているような気がするから不思議だ。


 とにかくさー、とラキラキは人差し指を立てた。


「とにかく、あんたたちは一番の問題児が分かってないのよ」

「どういうことだよ。エリザベート以外に、誰が問題だっつーんだ」

「まだ分かんないの?」


 ラキラキは眉根を寄せて俺を見た。

 それから少し声を低くして、「イザベラよ」と言った。


「イザベラ?」


 意外な名前が出てきた。


「そ。あのおばさん、かなーり厄介よ。あたしでも、何考えてるか分かんないもん」


 俺とオーギュストは目を合わせた。

 何故か、心の奥で、じわりと胸騒ぎがし始めていた。


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