第13話 食事


 Σ


 日が暮れると、セシリアが食事を持ってきた。

 豪華な食材や甘いデザートなどはなかったが、味付けの上品な、とても丁寧で栄養のある料理だった。

 俺にとって新鮮だったのは、ナイフやフォークなどの食器具だった。

 人間らしい食事というのはこういうことだ、と、モンスターになってから気付いた。

 当たり前の話だが、化け物は食事に道具は使わない。


 人間用の食器は昆虫の肢ではひどく使いづらかったが、それでも俺は、あえてそれを使うことにこだわった。

 ブルータスはよく分からないようで、途中でイライラしてしまい、結局すべて手づかみで食った。

 ラキラキは何故か、食器の使い方を知っているようで、器用に使い分けて食べていた。


「とても美味しかった。人間の食べ物を久しぶりに食べた」

「こりゃあ絶品だの。三つ首キメラの肉より美味かったわい」

「まあまあってとこね。なかなかやるじゃない。小娘のわりに、だけどさ」


 食べ方はそれぞれ、感想もそれぞれだったが、共通していたのは、出された味に満足したということだった。

 

「よかったです。皆さんの食べっぷり見てると嬉しくなりました」


 セシリアは嬉しそうにニコニコと笑った。

 笑うと笑窪が出来て、とても可愛いと思った。


 食事を終えると、俺たちはセシリアから件の“モンスター殺し”の詳細を聞くことにした。

 彼女はとても遠慮がちだった。

 話の途中になんども「すいません」「ごめんなさい」という言葉をはさんだ。

 控えめな性格は損なことも多いだろうなと思った。

 また、このように奥ゆかしい生物というのも人間ならではだ。


 セシリアの話は以下のようなものだった。


 この街の外れに“ヒュンドル”というモンスターが住みつき、廃墟を巣に根城を張っているのだという。

 その道は流通に欠かせない道の一つであるため、商人たちが襲われて困っているらしい。

 先日、腕に覚えのある城の剣士がヒュンドルに挑んだが、返り討ちにあった。


 そして白羽の矢が立ったのが、セシリアだったという。


「なによそれ」

 と、ラキラキが言った。

「王様の部下の剣士がそんなに弱っちいわけ? 人間って大したことないのね」

「ヒュンドルは何しろ強すぎるんです。少し前には魔法使いや小師団がパーティを組んで向かいましたが、やはりダメでした」

「それにしたって不甲斐ないだろう」


 俺は思わず口をはさんだ。


「領主というのは、このようなトラブルがあった時のために税を徴収している。国を守るのが王たるラティス公爵の勤めのはず。それを、城の兵士では勝てぬからと言って、こんな年端も行かぬ少女に化け物退治を依頼するなんて言語道断だ」

「いえ、それはいいんです。私もこの土地に生きるものですから。領主様に命じられれば、命を捨てる覚悟はあるんです。でも――」


 セシリアは本家の方に目をやった。


「でも、私には病の母がいますから。私がいなくなったら、母はどうなってしまうのか。それを思うと」

「断っちゃえばいいじゃん」


 ラキラキが口を挟むと、セシリアは「え?」と目を丸くした。


「だって、無理なもんは無理なわけでしょ? なら無駄死にするだけじゃん。第一さ、そのラティスってやつ、まだ全然本気出してないじゃん。人間ってのはさ、群れの生き物でしょ? 単体だとよわっちぃけど、固まって動くから厄介なんであってさ。国の軍隊を使えば、ヒュンドルだって勝てないっしょ。それなのにわざわざあんたに依頼するなんて、意地悪してるとしか考えられない。そもそも、どうして武器や防具を支援しないのよ。国のために命を張ろうってのに、いくらなんでも変だわ」


 珍しく道理の通る話をするラキラキ。

 セシリアはうつむき、「それはそうなんですが」と声を小さくした。


「公爵様が何を考えているのかは分かりません。けど、私たちに、ラティス様に逆らうことはできないんです。仕事を奪われれば、母の薬代も払えなくなる」


 セシリアは胸に顎がついてしまうほどに俯いた。


「仕事というのは、この宿のことですか」

「いえ。ここはあくまで生活の足しになればとやっていることで。本業は、役所に行って徴収金などの目方・管理の補助などをしています」

「なるほど。国の仕事をしているわけですか」

「はい。しかし、あくまで補佐ですので、お給金は少なくて。母の看護で長くは勤められないですし、ほとんどは薬代で飛んでしまいます。そこをクビになったら――生きてはいけません」

「ははあ。たしかに、この国自体、金なさそうだもんね」


 ラキラキはきししと笑った。


「ラキラキよ。さっきからお前、やけに人間の世界に詳しいようだの」


 ブルータスが口を挟んだ。


「なによ。このくらい普通でしょ」

「はあ、そういうもんか。ワッシはチンプンカンプンだ」

「あんたみたいな朴念仁と一緒にしないでよね」


 ラキラキはツンと鼻を上げた。


「ともかく、安心しなさいよ、セシリア。そのヒュンドルとかいう化け物は、われらがこのルルブロ様がやっつけてくれるから」


 ラキラキの言葉に、セシリアは目に涙を浮かべた。


「ありがとうございます。ありがとうございます」


 セシリアはまたぞろ、土下座をせんばかりに頭を下げた。


「私の家は貧乏で身寄りもなく、街の嫌われ者で、誰も縋る人がおりませんでした。ですから、今回のことは天の恵みに思えて仕方ないのです」

「嫌われ者?」


 俺は思わずそう口にした。

 するとセシリアは「ああいえ」と言葉を濁した。


「なんでもありません。あの、それで、この話の母に話したところ、どうしても一度、ルルブロさんに会いたいと言っているのですが――構いませんでしょうか」

「会うって、俺と、あんたの母親が?」

「ええ、そうです」

「いや、そいつはちょっと――」

「なにか問題がありますでしょうか」

「いや、俺は別にいいんだけどさ。俺は見ての通り、モンスターだぜ。化け物だ。きっと、会わないほうが良い」

 

 俺はそう言って首を振った。


「いえ。助けてもらうのですから。きちんと、母からもお願いをさせたいのです。ルルブロさんがお嫌でなければ、是非」


 セシリアはじっと俺を見た。


 俺は躊躇った。

 正直な話、セシリア以外の人間に会うのが怖かった。

 彼女自身は俺たちに嫌悪感を抱いていないようだが――だからと言って、母親もそうだとは限らない。


 もちろん、彼女の母親のことだ、大げさに驚いたりはしないだろう。

 しかし、その目に一瞬でも恐怖が浮かんだら。

 そう思うと、二の足を踏んでしまう。


「なーにウジウジしてんのよ」


 黙り込んでいると、ラキラキに背中を叩かれた。


「あんたさ、いい加減そのおどおどした感じやめなさいよ。そんなに硬い体してハートはぐにょぐにょなんだから」


 俺はムッと顔をしかめた。


「別に。ビビッてねーけど。セシリアのお母さんに会うくらい、どうってことない」

「本当ですか」


 セシリアが口を挟んだ。

 目をやると、嬉しそうに目を輝かせていた。


「それじゃあ、今夜。またこちらに迎えにあがります。母に、会ってやってください」


 セシリアはそう言い、つむじが見えるほど丁寧に頭を下げた。


 俺は腕を組んだ。

 あまり気は進まないが、仕方ない。

 成り行き上、彼女の申し出を断ることは出来ないだろう。


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