第12話 街


 Σ


 セシリアの住む街は“ピリア”という城下町だった。

 小高い丘の上に鉛筆を立てたような棟のある城が見えた。

 何でもこの地方一帯を治める“ラティス”という公爵が住んでいるらしい。


 商店や馬小屋などが並ぶ往来を、俺たちは固まって歩いた。

 先頭にセシリア、それから俺、その後ろにブルータスだ。

 ラキラキは俺の肩で足を組んで座っている。


 往来に人はまばらだった。

 俺は久しぶりに見る人間に興奮し、そして緊張した。

 アイテムのおかげで向こうから俺たちは見えないはずだが、もしもブルータスが傘を落とすなどしてしまったら、彼らは俺の姿を見て叫び声をあげるはずだ。

 化け物だ。

 気持ち悪いモンスターだ。

 口々に叫んで逃げ惑うはず。

 それを想うと、汗腺から大量に汗が出た。

 俺は自分が化け物だという自覚はあるが、そうして人間に拒絶されるのはきっとショックなことだ。 


(ブルータス。しっかり透明傘アンビジブルを握っておけよ)


 俺は小声で言った。

 ブルータスはまっすぐ前を見たまま、おうよ、と口だけ動かした。

 どうやら、こいつも緊張してるようだ。


「ふんふーん。ふんふふーん。ふふふふふふふーん。ふん? ふふーん」


 他方、ラキラキは調子の外れた鼻歌なんかを口ずさんでいる。

 やめろと言ってもやめない。

 この道具は姿は消えるが声は普通に聞こえてしまう。

 現に今、その声を聴いた人間が、すれ違いざまに不思議そうに辺りを見回していた。

 そのたびに、俺は肝が冷えた。

 全く、このお転婆はどうにかならないものか。


 オレンジに染まった街並みに、人気はあまりなかった。

 武具を乗せた馬を引いて歩くみすぼらしい男。

 露店に幌を立てて宝石を売る商人。

 野菜を担いで家路を急ぐ農民。

 お世辞にも活気があるとは言えなかった。


 歩きながら、俺は少し違和感を感じていた。

 『城下町ピリア』は、どうやら俺の想像するような華やかな街ではないようだった。

 決して裏びれているわけではないが――城下町って、もっと美しくて気品のあるところだと思っていた。


 Σ


 セシリアの家には20分ほどで着いた。

 街の中央からやや東に位置する、住宅街から少し離れた地域だった。

 裏路地のような寂しい土地だったが、家は大きかった。

 壁は破けて窓は割れ、随分とおんぼろだったが、大きさはとても貧乏人の家とは思えなかった。

 立派な前庭まである。


 俺たちはその広い庭の片隅にある納屋に案内された。

 かなり大きな建物だったので、ブルータスも難なく入れた。

 例のごとく外観はひどいものだったが、中に入ると綺麗に整理され、掃除も行き届いていた。


「時々、ここに素浪人を泊めるんです。こんな有様なので格安ですが、それだけに、月に20人ほど利用されて行きます」


 セシリアは少し恥ずかしそうに言った。


「本当ならもっと宿らしく修復しないといけないんですが……いかんせん、男手がないもので」

「俺たちは雨風が凌げればそれで構いません」

「本当にすいません。しかしその分、お料理は出来るだけ良いものをご用意させていただきます」

「気になさらずに」

「そうは参りません。ルルブロさんたちは、私たちのためにわざわざ来て下さったんですから」


 セシリアはそういうと、納屋を出て行った。


 俺は近くにあったベッドに腰かけた。

 重みでベッドはギシギシと軋んだ。

 布団は清潔で、ふかふかだった。

 また、感動した。

 人間だった時を思い出した。

 遥か昔のことが、昨日のことのように思い出された。


 高校生だったころ。

 俺は、こういうベッドで寝ていたっけ。


「はー、ダサいとこねえ。何にも飾りがないじゃない」


 ラキラキは俺の肩から飛び立つと、ぼん、と身体を変化させて元の大きさに戻った。

 それからウキーと言いながら、隣のベッドにダイブした。


「でも、そうね、寝心地は悪くないかも」


 ラキラキは気持ちよさそうに四肢を伸ばした。


「全く、お前は贅沢だの。図体がでかすぎるで、ワシは床で寝るしかないの」


 ブルータスは不服そうに言って、はあと息を吐いた。


「…………」


 俺は無言で立ち上がり、布団からシーツを剥ぐと、それをブルータスの横に敷いた。

 そしてその上に、ごろん、と横になった。


「な、何してるんじゃ、ルルブロ」

「俺も、こっちの方がしっくりくる」

「無理するな。ワッシに合わせる必要はないで」

「合わせてるわけじゃない。もう何十年も硬い地面で寝てきたんだ。あんなぐにょぐにょしたとこは気持ち悪くて仕方がない」


 俺は仰向けになったまま、足を組んだ。


「……お前さんは、変わった奴じゃの」

「何が」

「そんな気を使うモンスターなんぞ、ワシは見たこともないわ」

「だから、別に気を使ってるわけじゃねーって」


 俺はごろんと寝返りを打った。


「そうか。ほうじゃ、そういうことにしとこう」


 すると背後から、ブルータスの声が聞こえてきた。


「あ、言い忘れてたけどさ」


 ついでに、ラキラキの声も。


「私、寝るときは裸になるから」

「……は?」


 俺は思わずガバリと起き上がった。


「まあ、裸って言うか、裸っぽくなるだけなんだけどさ」

「なんだよそれ。どういう意味だ」

「おっぱいとか丸出しになるわけ。もち、下も丸見え」

「な――なんでだよ」

「なんでも何も、そうなるんだから仕方ないでしょ」


 ラキラキはそういうと、「だ・か・ら」とウィンクをして見せた。


「私がセクシーだからって、襲って来ないように、ね」


 ラキラキはうふんとを作り、あまり大きくない胸を無理やり寄せた。


「……襲うわけねーだろ」


 俺はため息を吐いた。

 そして、「なあ、ブルータス」と言って、ブルータスの方を見た。


「おう。そうだのう。もちろんじゃ」


 ブルータスはそう言って頷いた。

 その大きな鼻から、鼻血が垂れていた。


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