第9話 決意
Σ
「別に構わない」
と、俺は言った。
「そもそも俺は最初から一人が好きなんだ。今さらここのモンスター達に好かれようとは思っていない」
「よくないわよ! つーか、あんたがよくたって、私たちはよくない」
「なんでだよ。お前らは関係ないだろ」
「あるって言ってんじゃん! 私たちは友達なんだから」
ね、とラキラキはブルータスに同意を求めた。
おうよ、とブルータスは大きく頷いた。
「俺ぁ、お前について行くぜ。借りた恩は返さないとな」
「別にいいよ」
「よくねーぜ。言ってみれば、お前は俺たちのせいで嫌われ者になったんだ。それなのに見放すなんてことは出来ん」
「……なんだよ、それ」
俺は思わず苦笑した。
律義なモンスターだ。
魔物の中にも――こんな奴がいるんだなと思った。
「あの」
そこで、セリシアが口を挟んだ。
「あ、あの、もしかして、私のせいで何か不味いことになっちゃったんですか?」
「そんなことはない」
俺は極短の首を振った。
「さあ、あんたはもう帰りな。ここは人間が来るところじゃない」
「でも」
「でも、じゃない。いちいち気にするな」
「その通りよ!」
再び、ラキラキが割って入る。
「人間! あんたのせいで、私たちはこのダンジョンのお尋ねものよ! どうしてくれるの」
「ご、ごめんなさい」
セシリアは目を潤ませた。
「あ、あの、私、どうしたら」
ラキラキは口を尖らせ、そうね、と言った。
「……あなた、外の世界のこと、詳しい?」
「外の世界?」
「そう。例えば――ここ以外のダンジョンのこと」
ラキラキはセシリアに詰め寄った。
「え、ええ、まあ。私はそんなに詳しくないですが――調べれば分かると思います」
「よし。それじゃあ、私たちを案内しなさい」
「案内?」
「そ。世界のどこかにある、別のダンジョンに」
「ちょっと待てよ」
今度は俺が口を挟む番だった。
「ラキラキ。勝手に話を進めるなよ」
「あら、嬉しい。初めて名前で呼んでくれたわね」
「はぐらかすな。俺は、このダンジョンから出る気はないぞ」
「なんで?」
「なんでって――別に出る理由なんてないから」
「は」
ラキラキは肩を竦めた。
「あんたね、ここで無意味にずっと石を掘り続けて、どうしようって言うのよ。何の目的もなく、ひたすら毎日毎日同じことをして、何が楽しいのよ」
「そんなの、別のダンジョンに行っても同じだろ」
「同じじゃないわよ」
ラキラキはぴしゃりと言った。
「ダンジョンが変われば、竜の口の種類も変わる。それはつまり、出てくるアイテムも変わるってことよ」
「なんだと?」
俺はラキラキに近づいた。
「お前――それは本当なのか」
「うん。私、聞いたことがあるもの。この世界には無数のダンジョンがあって、そこにはまた別の、ここにはない未知のアイテムがあるって」
「……嘘じゃないだろうな」
「嘘を言うわけないでしょ。だって、その中には私と、あんたが欲しがっているものもあるかもしれない」
「俺が――欲しがっているもの?」
「姿を変化させる薬よ」
ラキラキは人差し指を立てて、言った。
「……それは、お前だけが欲しいものだろ」
「あんたも欲しいって言ってたじゃん」
「言ってない」
「いったわよ。そんな薬があるなら、俺が使ってるって」
「う」
俺は言葉に詰まった。
確かに――言った。
「ちょうどいいじゃん。こんなしみったれたダンジョン、この機に抜け出しましょうよ」
「私でよかったら、力になります」
セリシアが言った。
「決まりね。ブルータス。どう? あなたも来る?」
ラキラキはブルータスを見た。
「当たり前じゃ」
ブルータスは力こぶを作り、それをぺしりと叩いた。
「ワシはルルブロについて行くと決めたんじゃ。きっと、楽しくなる気がする。そんな予感がする」
ラキラキは「なにそれ」と言ってケラケラ笑った。
「でもなんか、それってブルータスらしい」
どんどん話が進んでいく。
「ちょ、ちょっと待てって」
俺は節のついた昆虫のような前肢を突き出した。
「そんなに勝手に話を進めるなよ。俺はまだ一言もここを出るとは言ってねーぞ」
「ならどうするの? このダンジョンで、ずっとイジけて生きていくの?」
「いじけてない」
「いじけてるじゃない。どうせ自分なんてって、ずっと思ってんでしょ。顔に書いてあるわ」
「いじけてねーって」
ラキラキは肩を竦めた。
しょうがない奴ね、と呟く。
「全く、どうして今の生活が辛いと分かってるのに行動に移さないのかしら。嫌な場所なら動けばいいのに。絶望してるんなら希望を探せばいいのに。どうしてそんな簡単なことが出来ないのかしら。ルルブロ。私、あなたはもっと賢いやつだと思ってたわ」
俺はラキラキから目を逸らした。
うるせー、と小さく呟く。
ラキラキの言葉が腑の奥にずしりと響いていた。
彼女はいかにも軽薄そうなやつだけど――
時々、ドキっとすることを言いやがる。
「とにかく、行きましょ」
ラキラキは俺の首の辺りをベシっと叩いた。
「全く、かったい体して、意気地がないわね。男なら、広い世界に飛び出しなさいよ」
俺は俯いた。
不思議な気持ちだった。
俺はなぜ、このダンジョンに拘っていたのか。
どうして、世界はここにしかないと思い込んでいたのか。
ラキラキに言われて、当たり前のことに初めて気づいた。
ここ以外にも世界はあるんだ、と。
「……分かったよ」
と、俺は言った。
「セシリアさん。世話になる」
ぺこりと頭を下げた。
「やった! そうこなくっちゃ!」
「それでこそ男だ」
すると、ラキラキとブルータスが、ほとんど同時に言ったのだった。
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