第10話 ダンジョンの外へ


 Σ


「あ、あの、盛り上がっているところ、すいません」


 セシリアが口を挟んだ。


「たしかに手を貸すことは出来るんですけど――私、今すぐにここを出るわけには行かないんです」

「どういうこと?」

「さっきもルルブロさんに言ったんですけど……私、ここに“竜の口”を探しに来ていまして」

「そうなの?」


 ラキラキは首を傾げた。


「あなた一体、何が欲しいの?」

「それは――」


 セシリアは少し躊躇したが、意を決したように言った。


「……武器です」

「武器?」

「はい。このダンジョンには、普くモンスターを屠る武器があると聞いたんです」


 なるほど、と思った。

 セシリアは、だから言いにくそうにしていたのか。

 つまり――俺たちモンスターを殺すための武器だから。


「それを、竜の口から出そうって言うわけね?」


 と、ラキラキが聞いた。


「はい」

「魔耀石はどれくらい持ってるの?」

「これだけです」


 セシリアは腰に携帯していた麻袋から、赤い石を数個、取り出した。


「無駄ね」


 短く首を振り、ラキラキが即却下する。


「これっぽっちじゃ、そんなレアアイテムが出てくるはずないわ」

「そ、そうなんですか?」

「当たり前じゃない。あんた、ガチャ舐めてんの?」


 ラキラキは肩を竦めた。


「ど、どうしよう。武器が手に入らないなら――あいつに勝てるわけがない」


 セシリアは青ざめた顔になり、項垂れた。


「あいつ?」


 と、俺は聞いた。

 セシリアはうっかり口が滑った、とばつが悪そうな顔になった。


「……はい。私は――あるモンスターを殺すよう、命じられているんです」

「命じられてるって、一体、誰に」

「領主様です。この辺り一帯を治める地方貴族のご令嬢に、その命を仰せつかっているんです。もしも出来なければ――家族を村から追い出すと」


 セシリアは唇を噛んだ。


「バリアント・ドラゴンと対等に戦えるあんたが勝てないほどの魔物なのか」

「はい。私の装備では、歯が立たない」

「たしかにあんたの装備は粗末でみすぼらしいな。しかし、おかしいじゃないか。そんなに大事な命なら、どうしてその領主様はあんたに装備を与えてやらないんんだ?」

「それは――」


 セシリアは言葉を切り、自嘲気味に笑った。


「私が、その令嬢様に嫌われているから」

「嫌われてる?」

「私は、彼女と幼馴染なんです。でも、いつの頃からか、私は目の敵になってて。今回のことも、ほとんど嫌がらせなんです。私には病の母がいて、そしてとても貧乏で、魔物退治なんてしている場合じゃない。それを知っていながら、無茶を言ってきているんです。でも、だから、私は絶対に生きて奴を倒さないといけないんです。それなのに、武器は手に入りそうにない」


 セシリアは顔を両手で覆った。


「ああ。私が死んだら、母の看病は誰がすればいいんだろう」

「武器ならある」


 と、俺は言った。


「……え?」

「このダンジョンで手に入る武器は、俺がすべて持っている」

「すべて……?」

「そう、全てだ」

「どういう――ことでしょうか」


 セシリアの目が懐疑的な色を見せた。


「俺は、もう何十年もここでアイテムを集めているモンスターだ」

 と、俺は言った。

「だから、何でも揃ってる。この袋の中に、コンプリートされてるのさ」


「まさか」

「なぜ、まさか?」

「だって、この洞窟には何百というアイテムがあるって」

「正確には251種類のアイテムがある。そうだな。じゃあ、例えば、こうして俺たちが話せてるのはなぜだと思う?」


 俺が言うと、セシリアはハッとしたような顔になった。


「俺は人間語も話せるが、後ろの二人は話せない。あんたも、モンスターの言葉は理解できないだろう」

「は、はい」

「それは、俺がそう言うアイテムを装備しているからだ」


 俺は細い節くれの指を見せた。

 そこには銀の指輪が嵌められていた。


「“ラビスの指輪”というアイテムだ。これを身に着けていると、装備者の半径10メートルにいるものは言語がすべて通じるようになるのさ。なかなかレアだぜ。なにしろ――」


 俺がたった5つしか持ってないんだからな。


 俺はそう言うと、口の端を上げた。

 セシリアは目をまん丸に開け、「い、5つも?」と呟いた。


「ま、そういうわけだ。そういうだから、あんたが欲しがってるものも、俺はたぶん、持ってる」

「お、お願いします。それを――一時でいいので、貸して頂けませんか」


 セシリアは地面に額を擦りつけた。


「貸してやってもいい」


 俺は即答した。


「ほ、本当ですか!?」

「ああ。だから土下座なんて真似はよせ」

「し、しかし」

「俺たちも世話になるんだ。お互い様だろ。それに、問題もある」

「問題?」

「多分、あんたが欲しがってる武器。そいつは――モンスター用なんだ」

「モンスター用の、武器」

「そうだ。つまり、人間であるあんたには装備できない」


 セシリアは下唇を噛んだ。


「……そうでしたか。最初から、私にはノーチャンスだったわけですね」

「ちょうどいいじゃん」


 ラキラキが言った。


「ちょうどいい?」


 セシリアの代わりに、俺が聞いた。

 ラキラキは「そう」と言って頷いた。


「ルルブロ、あんたがその化け物を倒してやればいいじゃん」

「俺が?」

「あんたなら、その武器も装備できるんでしょ?」

「まあ、な」

「ちょっと待ってください」


 セリシアが言った。


「そ、そこまでお世話になるわけには」

「じゃあなに? あんた、満足な武器もなく、自分でその化け物倒せるの?」


 ラキラキが言う。

 セシリアは答えにつまり、俯いた。


 気にしなくていいのよ、とラキラキはいった。


「ルルブロの言う通り。ギブ&テイクなんだから。その代わり、当分はあんたの家で世話になるから。私たちはモンスター。人間の村では暮らせないからさ」


 セシリアは胸に手を当て、考え込んだ。

 それから、意を決したように俺を見た。


「ルルブロさん。図々しいお願いだということは分かってます。けど――私は、あなたにお願いするしかない」


 セシリアは目に涙を浮かべている。

 俺は「いいぜ」と言って、丸い肩を竦めた。


「あ、ありがとうございます!」


 セシリアはもう一度、ぶんと頭を下げた。

 あまりに早すぎて、おさげ髪がぴょんと暴れた。


「でも――でもどうして、そこまでしてくれるんですか? あなたと私は――初対面なのに」


 顔上げた彼女は不思議そうに言った。


「初対面だからだよ」


 俺は腕を組んで、目を逸らした。

 セシリアは意味が分からない、という様子で首をひねった。


 だが、俺はそれ以上のことは口にしなかった。

 

 そうだ。

 セシリアは初対面なのに、俺の容姿を見て恐怖の色を見せなかった。

 醜いこの俺を、微塵も恐れなかった。

 そのことが、そんな些細なことが、俺には天地がひっくり返るほどの出来事だった。

 人間にも、俺を受け入れてくれる奴がいるかもしれない。

 セシリアのおかげでそう思えた。

 このダンジョンから出てみようと、想うことが出来た。


 彼女の瞳を見て、俺の魂は救われたんだ。


「とにかく、決まりだの」


 ブルータスが言った。


「うん。決定ね」


 ラキラキも頷いた。


「それじゃあ、みんなでここを出ましょう!」


 ラキラキはそう言うと、オー、と一人で腕を突きあげた。


「あんたたちもやりなさいよ」


 じろり、と俺たちを見る。


「分かりました!」

「ラキラキ、お前意外と子供っぽいの」


 セシリアとブルータスが同意する。


「いや、俺はいい」


 俺は言った。

 するとラキラキがずんずんと肩をいからせて俺の方にやってきた。


「ルルブロ。あんたのそのスカしたとこ、嫌いじゃないわ。でもね、こういうのはダサいと思う方がダサいのよ」

「いや、別にダサいとかじゃなくて」

「いいからやるわよ。その虫みたいな腕を、思い切り突き上げなさい」


 ラキラキは言った。

 俺ははあと息を吐いた。


「しょうがねえな」

「よし。じゃあ、行くわよ。えいえい――」


 オオーー!


 暗いダンジョンの奥深く。

 モンスターハウスのど真ん中で。

 俺たちは一斉に拳を突き上げた。


 こうして。

 俺たち3匹と一人の冒険が始まった。


 俺はラキラキとブルータス、それからセシリアを見た。

 “出会い”というのは、時に自分を、そして人生をも変えうる。

 今の俺は、昨日までの俺と大違いだ。


 なぜなら――


 こいつらと一緒なら、未来はそんなに悪くない。


 根拠もないのに、そんな風に思っているんだから。


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