第8話 セシリア
Σ
ズゥゥウン……と、地面を揺らしてバリアント・ドラゴンは倒れた。
俺はドラゴン・キラーを薙ぎ、刀身から血を払ってから袋にそれを戻した。
「あなたは――一体」
人間の女が声をかけてきた。
「どうして、私を助けてくれたんですか」
俺は女を一瞥した。
お下げ髪の大人しそうな女だった。
体つきも華奢で、線のように細い。
顔立ちにはまだ幼さが残っていた。
装備も軽装だ。
安っぽい銀のプレートアーマーに、錆の浮いた盾。
剣だけは比較的マシなものの、あれでは大勢のモンスターと戦えば刃こぼれを起こしてしまうだろう。
改めて彼女の姿を見て、俺は驚いていた。
こんな奴が――さっきまであのドラゴンと渡り合っていたのか。
「俺は何者でもない」
と、俺は言った。
「助けたのは気まぐれだ。……お前こそ、どうしてこんなところに」
「わ、私ですか?」
女はびっくりしたように自分を指さした。
「私は、このダンジョンにある“竜の口”を探しにやってきました」
「竜の口?」
“竜の口”とは、このダンジョン内に点在している不思議な装置のことだ。
壁からドラゴンの首を模したモニュメントが突き出しており、その口に“魔耀石”という
“魔耀石”はダンジョンの壁に埋まっており、俺はそれを大量に保持している。
何十年も掘り続けたおかげで、竜の口からもらえるアイテムも、全て所持(コンプリート)している。
「……何故、“竜の口”を探しているんだ」
俺は聞いた。
すると女は俯き、黙り込んだ。
「化け物の俺には言いたくないか?」
「ああいえ。そう言うわけではないんですが……」
人間は何やら言いにくそうに口を閉じ、目を伏せた。
「その前に、お礼を言わせてください」
唐突に顔を上げると、女は頭をぶんと下げた。
「私、ポロール村のセシリアといいます。危ないところを助けていただいて、ありがとうございました」
俺はふんと鼻を鳴らした。
ポロール村はたしかこのダンジョンを出て一番近くにある村だ。
「あなた、お名前は」
人間の女――セシリアが言った。
「名前はない。だが、ルルブロと呼ばれている」
「ルルブロさん、ですか。不思議なヒト」
セシリアは俺の姿をマジマジと見つめた。
俺は思わず目を背けた。
視線が痛い。
ムクムクと羞恥心が湧き上がってくる。
この姿を人間に見られるのはほとんど初めてのことだ。
「おい、ルルブロ! お前、エライことやっちまったな!」
背中から、ブルータスの声がした。
振り返ると、ブルータスとラキラキがすぐ傍まで来ていた。
「エライこと?」
俺は首を傾げた。
「そいつは随分な言い草だな。バリアント・ドラゴンを倒してくれと頼んだのはお前だろ」
「それについては感謝しとる。さすがルルブロだ。だけど――」
ブルータスは少し気まずそうに俯いた。
「ワシは、人間の味方をしろとまでは言っとらん」
「いいだろ、別に。俺の勝手だ」
「よくないんだ。そいつは、いかにも不味い」
「どういうことだよ。ちょっと人間を助けたからって、一体何の問題が」
「……ブルータスの言う通りよ」
ラキラキが口を挟んだ。
「さっき逃げてった奴の子分の中に、デビルズ・アイがいた」
「デビルズ・アイ?」
「全身が目だらけのモンスターよ。あいつはダンジョンの監視役。あいつが一部始終を見てたってことは――明日には、あんたが人間側についてドラゴンを殺したことがみんなに知れちゃうわ」
「なんだよそれ。どういうことだよ」
「つまり、明日から、あんたはこのダンジョン中のモンスターから命を狙われるってわけ。これじゃあ、私たち――」
もうこのダンジョンにはいられないわ。
ラキラキは深刻そうにそう言った。
「別に。望むところだよ」
俺は強がるように言った。
そうだ。
俺は、このダンジョンで最強なんだ。
どんな野郎が来ても、返り討ちにしてやるさ。
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