第7話 ルルブロとドラゴン


 Σ


 俺は気配を殺し、近くにあった岩陰に身を潜めた。

 人間の女と巨大な龍。

 両者は戦闘に必死で、俺の存在には気付いていない。


 予想した通り、人間の方が押され始めた。

 驚異的な身体能力で致命傷は避けているものの、ダメージの蓄積が動きに影響を与え始めている。

 その表情を見る限り、体力も限界に近いかもしれない。


 俺はポケットに手を突っ込み、対ドラゴン専用の武器を取り出した。

 刀身が弓のように曲がった、魔力を帯びた大剣。

 ドラゴンキラーだ。


 ドラゴン族は長引くと厄介だ。

 1度で決めることが肝要である。

 俺はさらにスピード能力をあげる腕輪を装備した。

 これがあれば、自らの能力の数倍の早さで動ける。


 俺は二人の殺気に自分の攻撃気配を紛れ込ませながら、徐々に間合いを詰めていった。


「グオオオォォオ」


 バリアントドラゴンが咆哮し、首を持ち上げた。


 人間は距離をとり、攻撃に備えて防御の姿勢に入っている。

 それでは駄目だ、と咄嗟に考えた。

 奴は恐らく、必殺の一撃を食らわせようとしている。

 

 モンスターの決死の一撃は耐えるのではなく、避けなければいけない。

 奴らは危機に瀕すると、通常では考えられないほどの力を発揮することがある。

 それは人間と魔物の違いの一つだ。


 彼女はそのことを知っているのか。

 つと、人間を見る。

 既に汗だくで、最早動くのも精一杯という様子だ。


 不味い。

 彼女は避けないのではなく――避けられないのだ。


 俺は飛び出した。


 Σ


「だ、誰」


 ドラゴンと人間の間に飛び出すと、人間が言った。


「俺の背後にいろ。決死の攻撃が来る」


 と、俺は言った。


 その手には、俺たちごと覆うような巨大な盾を持っていた。

 吹雪系を無効化できる俺だけなら、こんなものは必要ない。

 だが、今は人間も守る必要があった。


「一体、誰なの」


 人間がまた呟いた。


「説明はあとだ。いいから黙って姿勢を低くしてろ」


 言うが早いか、ドラゴンが大口を開け、強烈な吹雪を吐きだした。

 ガアアァオオォオ、という悲鳴のような雄叫びと共に、凄まじいエネルギーが俺たちを通り過ぎた。


 Σ


 竜の咆哮が終わると、ルーム内は静寂に包まれた。

 背後を確認すると、人間は俺の言いつけを守り、体を屈めてうずくまっていた。


 盾は完全に凍り付いていた。

 氷に強いはずのシールドが、一撃でもはや使い物にならない。

 想像以上の威力だった。


 俺はそれを捨て、剣を構えた。


「何者だ、貴様」


 バリアント・ドラゴンが言った。

 驚きの表情を見せている。


「俺は何者でもない。ただ、お前の敵だ」

「人間の味方をするのか」

「そんなことはどうでもいい。お前はモンスターに迷惑をかけている。だから、退治に来た」

「偉そうに言いやがる」

「俺の要求は二つ。この人間から手を引け。それから、このF31の占拠を止めろ」


 ドラゴンはクハハと笑った。


「糞野郎が。いきなりやってきたと思ったらなんだその口の利き方は」

「返事は」

「どっちも却下に決まってんだろ、ボケ。特に前者は認められねえ。そこの人間は、この俺様の部下を殺しまくったんだ。絶対に、八つ裂きにしてやる」


 ドラゴンは目を細め、憎々し気に言った。

 そうか、と俺は応えた。


「じゃあ、戦うしかない」

「貴様、やっぱり人間の肩を持つのか」

「お前は、ダンジョンモンスター同士の不文律ルールを逸脱した」

「俺がルールを破った? 違うな。裏切者はお前だ。魔物の絶対的な規律を破ったのは、お前の方だ」

「絶対的な規律?」

「俺たちは、人間の味方だけはしてはならない」


 ドラゴンはそう言うと、首をもたげた。

 そして、もう一度、先ほどのブレスを試みようと息を吸い込んだ。


 これは罰だ。

 罪を犯した俺への、制裁なのだ。


「そうか」


 俺は言った。


 たしかにこの竜の言うことは正論だった。

 俺はこの部屋の占拠のことなど、大して問題に思っていない。

 ただ、この人間は殺させたくない。


 バリアント・ドラゴンは、そのことを見抜いているのだ。


 俺はモンスター。

 それも、得体の知れない醜い化け物だ。

 だがそれでも――人間の敵にはなれない。


「悪いな。ドラゴン」


 呟いて、弾丸のように跳んだ。

 そして、持っていた龍殺しの剣ドラゴンキラーで――


 その首をねた。


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