第5話 一つ目蝙蝠


 Σ


 俺の目の前を2体のモンスターが歩いている。


 巨体のオークと自称美少女のエルフ。

 なんだか奇妙な気分だ。

 こうして集団で歩くなんて初めてのことだ。

 ついさっきまで、こんなことは考えられなかったことだ。

 もう何十年もずっと孤独だった。

 それが――なぜこんなことに。


 自分でも不思議だった。 

 別にこいつらの言うことなんて無視していればいいのに。

 モンスターに義理も人情もないのに。


「しかし、今日は一段と可愛いな、ラキラキ」


 と、ブルータスが言った。


「止めてよ気持ち悪い」

「いいじゃねーか。褒めてるんだぜ」

「褒めればいいってもんじゃないの」

「は? なんでだよ。なんで褒めたら駄目なんだ」

「はあ。全く、あんたはほんとにバカね」

「意味が分からねえ」


 二人は仲良さそうに歩いていく。

 俺はその後ろを、無言でついて行った。


 Σ


 5階下の階層にやってきた。


 降りた瞬間、雰囲気が変わった。

 モンスターの気配が急激に増えたのだ。


 なるほど。

 ここは確かにヤバそうだ。


 俺たちはとりあえず、道なりに通路を直進した。

 どこからか湧水が漏れているのか、ジメジメとしていて、濡れた苔のせいで足もとが滑る。


「……おかしいな」


 つと、周りを伺いながら、ブルータスが言った。


「どうしたの?」


 ブルータスの顔の辺りで浮遊しながら、ラキラキが聞く。

 彼女は今、小人モードになっている。


「モンスターの姿が見えない。いつもなら、奴らの見張りがいるはずなのに」

「見張り?」

「ああ。ここの通路にも、絶対に一匹は子分が見張ってる」

「たまたまじゃない? ダンジョンのモンスターなんて気まぐれだし」

「いや、バリアント・ドラゴンは慎重な奴だ。頭もキレる。そんな適当なことをする奴じゃあ――」

「あ、なにあれ」


 ブルータスを遮って、ラキラキが前方を指さした。

 妖精族は目が良い。

 俺たちからは暗くてよく見えないが、どうやら何かがあるらしい。


 俺たちは急いで先に向かった。


 Σ


 一つ目蝙蝠が死んでいた。

 

 身体を袈裟斬りにされ、一撃で殺されていた。

 こいつはこのダンジョンでは比較的よくみるモンスターだ。


 非常に警戒心が強く、暗闇でも周りを把握できる。

 素早く、意外と攻撃力も強い。

 催眠攻撃が特技で、敵にすると面倒で手強いやつだ。


 それが瞬殺されている。


 俺たちは無言で目を合わせた。


「……なに、これ」


 深刻な表情でラキラキが言った。

 

「こいつだ。こいつが、いつも見張りをしている野郎だ」


 ブルータスは顔を顰めた。


「どうやら、俺たちの前にここを無理やり通ろうとしたモンスターがいたらしいな」

「じゃあ、この先でソイツがここの一味と戦ってるわけ?」

「そうなるな。無謀な奴だ」

「でも――こいつを一撃で仕留めるって、相当な手練れじゃない?」

「それでも奴ら全員と戦いに挑むなんて無茶だ。雑魚は倒せても、バリアント・ドラゴンの野郎が強すぎる。あいつを倒せるとしたら――」

「ルルブロしかいない」


 ラキラキが先回りして言った。

 ブルータスは「そういうことだ」と言って大きく頷いた。


「いや、違うな」


 と、俺は首を横に振った。


「謙遜するなって。俺の目に狂いはない。お前なら、バリアントに勝てるって」


 ブルータスが言う。


「そうじゃない。そのドラゴンと戦っているのは、モンスターじゃない」

「は? ルルブロ、あんたなに言ってるの?」

「ちょっと、その傷を見てみろ」


 俺はそう言って、一つ目蝙蝠の亡骸を指さした。


「この傷は、明らかに人口的なものだ」

「人工的なもの?」

「つまり、剣で斬られてるということ」

「このダンジョンには剣を使うモンスターもいるわよ。亡霊騎士とか、ソード・スケルトンとか」

「たしかにそうだ。だが、そいつらはこんな見事に一撃必殺の袈裟斬りにはしない。もっと滅茶苦茶に斬りかかる」

「……言われてみれば」


 ブルータスが口を挟んだ。


「こんな傷口は見たことが無い。惚れ惚れするような切口だ」


 ラキラキはごくりと喉を鳴らした。


「ってことは……この先に、“人間”がいるの?」

「その可能性がある」

「しかし、こんな奥深くにまで人間が来るかしら」

「無いことはないだろう。人間にも、強いやつはいる」

「そりゃあ……まあ、そうね」


 ラキラキは腕を組んで短くうなずいた。


「とにかく行ってみよう」


 俺は言った。


「おお」

「……そうね」


 二人は少し怪訝そうな顔をしながら、てんでに返事を返した。


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