第4話 ドラゴン
Σ
「弟子?」
俺は短くてほとんどない首を傾げた。
「あんた、ワシが会った中でもっとも強い」
ブルータスは巨体を小刻みにぷるぷると震わせたあと、目を潤ませながら前に倒して、へへー、とばかりに平伏した。
やめろよ、と俺は言った。
「俺は強くなんてない。ただ、防御力が高くて道具をたくさん持ってるだけだ」
「それが最強なんじゃ!」
ブルータスは吠えるように言った。
「通常攻撃が効かない。その鋼鉄のような体なら炎も吹雪も効かないじゃろ?」
「……それは、まあ」
その通りだった。
炎と吹雪どころか、毒、睡眠、混乱など、あらゆる状態異常攻撃も効かない。
「やっぱり最強じゃねーか! 攻撃力なんてものは、武器があればなんとでもなるもんだし」
「でもさー」
ラキラキが口を挟んだ。
「一言で武器って言っても、ルルブロはモンスターなわけじゃない? なら、装備できるものは限られるじゃん」
「装備はほとんど出来るな」
俺はぽつりと言った。
これまで装備できなかった武器は一つもない。
モンスター用のものはもちろん、人間用のものも全て使用できた。
「……じゃ、最強じゃん」
ラキラキは胸の前で手を組みながら、俺を見た。
その目には、好奇心よりも畏怖のような色が先だっていた。
「とにかく、ワシはあんたに惚れたんだ! 弟子にしてくれ!」
ブルータスは石床におでこをすり合わせた。
「弟子なんて取らない」
「子分でもいい! 何なら奴隷でも」
「もっといらないよ」
なんだこいつら。
俺は思わずくすりと笑った。
笑ってから気付いた。
俺、さっきから普通に笑ってるな。
面白い、という感情はずいぶんと久しぶりだ。
じゃあさー、とラキラキが言った。
「じゃ、ブルータスも“友達”ってことでいいじゃん」
「トモダチ?」
「そ。それなら、ルルブロも嫌な気分にはならないでしょ」
ラキラキはそう言いながら俺を見た。
「まあ、子分とか奴隷よりはそっちの方がマシだ」
俺は言った。
「よっし! それじゃ、ワシは今からルルブロの“トモダチ”になる」
ブルータスは心から嬉しそうに言った。
「ルルブロの兄貴、これからよろしくお願いしますぜ」
結局、子分のように慇懃に頭を下げる。
「バカねー。そうじゃないでしょ。友達ならアニキなんて呼ばないし、丁寧な言葉なんて使わないのよ」
「そ、そうなのか?」
「そ」
ラキラキは人差し指を立てると、お手本を見せてあげる、と俺の方に近づいた。
「よし! それじゃこれからよろしくな、ルルブロ!」
彼女は俺の肩に手を回し、俺の胸の辺りをバンバンと叩いた。
ウィンクをして見せ、グッ、と親指を立てる。
「ほら、こうするのよ」
ラキラキはふふんとドヤ顔で鼻を鳴らした。
「な、なるほど。それがトモダチ、か」
ブルータスがうんうんと頷き、近づいて来ようとする。
俺は両手を突き出した。
「いいよ。そんなの、やらなくていい」
「でも、それじゃあトモダチになれんのだろ」
「トモダチでいい。そんなのしなくても、もう友達でいいから」
俺は観念したように言った。
「ほんとか!」
ブルータスは眼を見開いた。
それから、よっしゃあ! と拳を突き上げたのだった。
Σ
「で、そんなトモダチのルルブロに一つ頼みがあるんだが」
ブルータスは突然、そう切り出した。
今度は急にモジモジし始める。
「なんだ」
と、俺は聞いた。
半ば予想していたことだった。
モンスターが、何の用事もなくすり寄ろうとするはずもないと考えていた。
「すまん、お前がそう不機嫌になるのは分かる」
「別に不機嫌じゃない」
「いや、頭が悪いワシでもそのくらいは分かるぞ。さっきまで殺してやると言ってたのに、急に手のひらを返して」
「不機嫌じゃないって言ってるだろうが。いいから用件を言え」
ブルータスはびくりと一瞬、肩を上げた。
意外とビビリなのかもしれない。
「実は、この階より5つ下に潜ったところにモンスターハウスがあるんだが」
モンスターハウスとは、この広大なダンジョンの中に時々ある、モンスターが共同で暮らしている巨大な部屋である。
要するに、複数のモンスターが手を組み、共同体を組織している階層のことだ。
通常は20~30ほどの個体が群れを成していることが多い。
「そこのボスである、バリアント・ドラゴンが横暴な奴でな。その階に来るモンスターをみな攻撃して、言うことをきかないと殺しにくるんだ。おかげでダンジョンはその階より上と下で分断されて、行き来が出来なくなってる」
俺はふーん、と頷いた。
ダンジョン内移動に興味のない俺には、あまり関心のない話だった。
そもそも、お前だってさっき俺を殺そうとしたじゃないか。
そう思ったが口には出さなかった。
モンスターにはモンスターの理屈があって、それは俺にはよく分からない。
「なにそれ。許せないわね」
やはりモンスターの間では許されないタブーなのか、ラキラキも憤慨した。
「ダンジョン内の一部を占有して偉そうに威張るなんて最低だわ。ね、ルルブロ。一緒にそのなんたらドラゴンって奴」
「バリアント・ドラゴンだ」
「そのバリアントなんたらっての、退治してやりましょ」
ラキラキはすっかり乗り気である。
面倒くさい。
一番にその単語が浮かんだ。
だけど――と、俺はちらりと二人を見た。
ラキラキとブルータスは、まるで飼い主の許可を待つ飼い犬のように目を輝かせてこちらを見ていた。
「……分かったよ。案内しろ」
俺がそういうと、二人は同時に「やったー!」と大きな声を出したのだった。
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