第3話 ルルブロ
Σ
「やったー! さっすがルルブロ!」
ラキラキがはしゃいで俺の周りを飛び回った。
「ありがとね! コイツ、あたしを追っかけててチョー迷惑だったの」
俺は昆虫のようなツメのついた節足で、煌めきを残しながらひゅんひゅんと飛び回るラキラキを捕まえた。
「うるさい。お前のためにやったわけじゃない」
俺は低い声を出した。
すると、ラキラキはしゅんと俯いた。
「……ご、ごめん」
「ごめん、じゃない。なんで嘘を吐いた」
「嘘?」
「俺のことが好き、だなんて」
「嘘じゃないわよ。私、ルルブロのこと、好きだよ」
「嘘だ」
俺はぐっと力を込めた。
ラキラキは少し痛そうに顔を顰めた。
「本当のことを言え。でないと、このまま握りつぶすぞ」
「ちょ、ちょっと待って。なんで急にそんな風に怒るワケ?」
「うるさい。質問に答えろ。何故俺に近づいた。本当の目的を言え」
「本当のこともなにも、全部本当だってば! 信じてよ!」
「……そうか。じゃあ、死ぬか?」
俺はさらに、じわじわと肢に力を入れた。
もちろん、殺す気はない。
だが――赦してやるつもりもない。
「わ、分かった! 分かったわよ!」
ラキラキはすぐに根負けした。
「言う。本当のことを言うわ。その代わり、この手を放して」
俺は少し考えた。
それから、彼女を解放してやった。
「ったく、痛いわね、もう」
ラキラキは不満そうに言うと、俺をじろりと見た。
「最初に言っとくけど、私、本当に別に嘘は吐いていないから。あんたのこと、嫌いじゃないんだから」
「そんなことはいい。目的を言え」
つっけんどんな態度に、彼女は呆れたように半眼になった。
だが、腕を組んで、ようやく本当のことを話し始めた。
「実はさ、このダンジョンのどこかにいるルルブロってやつが、あらゆるアイテムを持ってるって噂を聞いてさ。私、欲しい道具があったから、探してたのよ、あんたを」
「欲しい道具?」
「そ。上手く仲良くなって、そいつを分けてもらおうと思ってたの」
言い終えると、ラキラキは俯いた。
それから、呟くように「ごめん」と口にした。
「ごめんね。本当はあんたじゃなくて、あんたの持ってるアイテムに用事があったの。そこは謝る。でもさ、実際に会ってみて、私があんたを気に入ったのは本当だよ」
「……調子のいい奴だ。そんなにアイテムが欲しいか」
「なによ。さっきから、あんたが嫌いじゃないってのはホントだって言ってるじゃん」
「じゃあ、そのアイテムとやらをあげない、といったらどうだ?」
「いいよ、別に。そりゃもちろん欲しいけどさ。嘘つきだなんて思われるくらいなら、いらない」
ラキラキはぷい、とそっぽを向いた。
「……ちなみに、お前は何が欲しいんだ」
と、俺は聞いた。
「何!? くれるの!?」
急に目を輝かせて、こちらを見る。
「聞くだけだ。持っていてもやらん」
「なによ。ケチね」
「さっき要らんといっただろ」
「まあ、そうだけどさ」
ラキラキはそこで、再び体の大きさを元の人間サイズに戻した。
「私の欲しいアイテムはさ」
ラキラキはそう言うと、いきなり自分の胸に手をやった。
「胸が大きくなる薬。それが欲しいの」
「は?」
「だから、巨乳薬が欲しいの。ナイスバディになりたいの」
ラキラキははあ、とでかいため息を吐いた。
「ほら、私ってちょー美少女でしょ? でもさ、唯一欠点があって」
ラキラキはそこで言葉を止め、俺を見た。
俺は特に感想が無かったので黙っていた。
ラキラキは仕方がない、というふうに口を開いた。
「……おっぱいが小さいのよ」
「帰れ」
即答した。
「は?」
「そんな薬は持ってない」
「嘘! 容姿を自由に変えられるアイテムがあるって、聞いたことあるもん」
「無い。そんなものがあるなら、俺は自分で使ってる」
「そう言われれば――そうかも」
ラキラキはそう言うと、マジマジと俺の姿を見た。
「改めてみると、ルルブロってなんか変わってるわよね」
「気を使わなくていい。はっきり言え。気持ち悪いって」
「気持ち悪くはないよ。もう慣れたし」
「嘘つけよ」
「はあ、重症ね。ちょっと褒めただけでも否定しちゃって。あんたって、ちょっと自分に自信が無さすぎじゃない?」
ラキラキは言った。
きっと、何気ない一言だったが、俺には突き刺さった。
そう。
俺は、自分に自信がない。
俺はもともと人間だった。
地球という星で日本人をやっていた。
だが、どういうわけか、いつの間にかこの世界で、この姿に生まれ変わっていた。
初めて湖に映る自分の姿を見たとき、俺はショックで言葉が出なかった。
一言でいうと、巨大なカナブンだ。
硬い外殻で覆われた、球体のように丸い体。
頭には気味の悪い触角があって、手足は細く、まるで昆虫のように節くれだっている。
完全に化け物だ。
その瞬間、俺は自分の人生に絶望した。
少なくとも、もう人間としては生きれまい。
そう覚悟した。
「嘘じゃないってば」
と、ラキラキが言った。
「言っとくけど、あんたより気味の悪いモンスターなんて山ほどいるんだから。私、ルルブロのこと嫌いじゃないよ」
「嘘言え――」
「ほら! それ止める!」
ラキラキは俺の口に人差し指を当てた。
「これから、『嘘つけ』は禁止ね」
「なんだよ、それ」
「そうやって捻くれてるから友達が出来ないのよ。だから、私が――」
と、ラキラキが言ったとき。
彼女の背後で、黒い物体がのっそりと立ち上がった。
グルル、と喉を鳴らしている。
ブルータスだ。
キャァ、とラキラキが悲鳴を上げた。
「ラキラキ。俺の後ろに隠れてろ」
俺は再び、クリスタルストーンハンマーを構えた。
「ブルータス。もう止めておけ。お前じゃ、俺には勝てん」
俺は言った。
しかし、ブルーノはずしんずしんとこちらに向かって歩き出した。
止まれ、と言っても、無言で足を止めない。
馬鹿め。
どうしてモンスターはこんなに馬鹿なんだ。
俺はハンマーを振りかぶった。
だが――その時。
俺の目の前でブルータスは足を止め、ズシーン、と、その巨体を前に倒した。
――いや、倒れたわけじゃない。
これは……
土下座だ。
「ル、ルルブロの兄貴。ワシの負けじゃ。どうかこのワシを、弟子にしてくれ!」
ブルータスは叫ぶように言った。
俺とラキラキは目を合わせた。
そして、どちらともなく、ぷっとふき出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます