第4話 英雄だって営業はするし。
出会い力という名のライフスキルにポイントを全振りしてやっと引き寄せた運命の相手に邂逅した場面でみせるべき笑顔をその男は
ランチ客の送り出しを終えたとんかつ屋には少しくたびれた油が放つ気怠さが似合う。地元民に長年愛される店ならば尚のことだ。
「あー、疲れたー」と先輩店員が放り投げたエプロンをキャッチした野路萌が、諫めるように言う。
「村田さん。まだお客さんいます」
「あ?」レジカンターから先輩店員は元々細い目をさらに細めて客席を睨んだ。
「『ごゆっくりどうぞ』って言って本当にゆっくりする客って何なん?」
「村野さん。お客様をそんな風に言うのは
「てか、めっちゃ! 笑顔。引くくらいに」
「アハハ! すっごい笑顔」
「偶にいるのよね。偏執的で異常な愛情を押し付けてくる男って」
「村山さん。モテるから仕方がないと思う」
「まあね。ラインとか聞かれそう、面倒くさ」
「待って、村牧さん。あの人、何処かで見たことある気がする」
「だからさ! 野路ちゃん。『可愛いは正義だ!』の原理主義者でもね、美女の顔も三度までよ。四度も人の名前を間違えるのは、どうかしてるわ」
「村牧さんって村牧さんだと思うんです」
「あ? あたし、村牧だあ! 誰も村牧と呼んでくれないから自分まで分からなくなっちゃってる」
「村さん。あの人こっちに来ます! 逃げて!」
「構わないわ、って。村さん略し! そう来たか、安全に置きに行ったな」
「先輩は萌が守ります!!」
野路萌が、仁王立ちになって、レジカウンターの守りを固めた。
唐突に告知された戦闘態勢の迫力に押され訳も分からず、村さんはレジカウンターの下にかがまされる。
根拠不明ほど強いものはない。
野路萌は敵を前に一歩も怯むことなく、両手を大きく広げ防御態勢に入った。
男と目があった。というよりも、男が強引に合わせてきた。
伝えるべき意思がしっかりと刻まれたようなアッシュグレイに近い瞳に、野路萌は吸い込まれそうになる。
見つめあう男と女、敵と味方、英雄と美女、山田さんと野路萌、そして、現実と妄想。
「とてもハッピーにヒレカツを堪能させて頂きました」
男は相好を崩した。
「あ、はい、ありがとうございますっ」
野路萌は声を上ずらせた。
「完璧なマリアージュが見えました」
「マリアージュ?」
「これと相性がピッタリ」
そう言うと、男は珈琲豆袋を手渡してきた。
「もし、良かったらお店で使ってみてはくれませんか。英雄珈琲を是非」
「使います!」
珈琲豆袋を掴む手に力が入った。
「イヤイヤ、飲んでもないし。なんでそうなる?」
居ても立っても居られず村さんが呆れ声を出すが、野路萌の耳には粘土コーティングが施されていたのであろうか、残念ながら届きはしない。
「一生使います!」
「は? 野路ちゃん、それ、誰的OKよ?!」
野路萌とその男とを隔てる
ふたりは、手を離さずそのまま珈琲豆を中心にしてクルクルと回った。まるでセカイの中心がここだと神様が決めたように、そこを何度も何度も回った。
野路萌は知った。
――
「結局、美味しいのは野路ちゃん。セカイは不公平で出来ているのね」
「英雄珈琲使ってもらえますか?」
「うん。その代わり……」
「うわー。やめて、やめてよお願いだからお寒い展開だけは!」
「その代わりに?」
男は優しく手を取り見つめた。
「好きって言ってもいいですか」
「きゃあきゃあ……見てらんないし」
「君はもう、言ってる」
――――その瞬間、一瞬にしてセカイが深い暗闇に包まれた。
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英雄、山田さんの姿は、電気が消されたとんかつ屋店内のテーブル席にあった。
テーブルに置かれたおしぼりが茶色に染まっている。
「申し訳ありませんでした、ソースをこぼしまして」
仕事に慣れてなさそうな女性店員は、ぎこちなく頭を下げた。
大学の講義から店に直行しバイト後には彼氏とのデートの予定が入っていると想像させるような、ミニ丈のプリーツスカート姿が眩しく、ソースまみれになった自分のスーツを見ながら、君に被害が無くて良かったと本気で山田さんはそう思った。
「うんん、いいんだ。失敗は誰にだってある。その代わりと言ってはなんだけど」
山田さんは笑顔を見せる。
「その代わり?」
心なしか彼女の表情が曇る。
「この珈琲豆なんだけど」
「無理です」彼女は食い気味に山田さんの言葉を丸め込んだ。
「検討し」
さらに食い気味に全部を否定する。
「無理です」
「責任者呼んでもらえ」
「無理です」
「……」
この後、ソース薫る英雄があっさりと退散したのは言うまでもなく……。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「英雄の名を語ったこんな詐欺みたいな珈琲、気味悪いです」
そう言って女性店員が持ってきた、英雄珈琲豆袋を手にした女勇者は、その不安を包み込むような優しい笑顔で話しかける。
「そう。売ってもらえる?」
「売り物ではないので。どうぞ」
「遠慮なくもらっておくわ」
「……あの。英雄って本当に実在してますか?」
「アハハ」
突拍子もない穢れなき質問に、女勇者は思わず声を出し笑った。
「彼氏が言うんです。『英雄なんてものは存在しない。政府が統治目的に創り出した単なる幻想だって。ゲームの勇者と同じフィクションだって』」
女勇者が席を立ったカウンターにポンと名刺を置く。
「あなたの願い何でも叶えるから」
「え?」
「タブーはないから、何だって。やるわ」
少しだけ左側の口角を上げて微笑んだ。
第五話へ続いたり
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