第12話

 三方を森に、一方を崖に阻まれ、赤ずきんに逃げ場は無かった。狼はどこからこっちを見ているのだろうか?こちらからはその姿は見えないが、それがすぐそばにいる事は間違いなかった。赤ずきんは、自分の身体を見た。服はボロボロになり、全身に枯葉やクモの巣が付いていた。履いていた革の靴は破れ、足は血がにじんでいた。水筒はどこかで落としてしまったようだった。しかし矢筒は大丈夫だった。そして左手には、彼女の愛用の弓がしかと握られていた。戦える。彼女は心の中で呟いた。

赤ずきんは、崖の方に歩いた。狼はこの開けた空間の三方を取り巻いている森のどこかから彼女を狙っているはずだった。なるべく森から距離を取り、背後からの襲撃の憂いを断ち、尚且つこちらは少しでも広い視野を確保できるように、崖を背にして立った。赤ずきんは、森の方に目をやったまま、矢筒から矢を二本取り出した。一本は弓につがえ、もう一本は口に咥えた。右手の三本の指を弓の弦に引っ掛けた。弓を握る左手には必要以上の力は込めず、ほとんど弓を触れているだけだった。弓を引くときは、手先の筋力で引くのではなく、全身のばねで引くのだ。弓の引き方も祖母に教わった事だ。無駄な力みの無い構えは、油断無く周囲を警戒する余裕に繋がるのだった。赤ずきんは、どこを見るでもなく、それでいてどこからの襲撃にも対応できるように、感覚を研ぎ澄ました。

森の正面やや左側の藪の中から、ほとんど音も立てずに、鈍色の塊が飛び出して来た。その塊は、赤ずきんに向けて真っ直ぐに向かって来た。彼女はそれに向けて矢を放った。矢は、塊に確かに命中したが、それの突進の勢いは全く衰えなかった。赤ずきんは口に咥えていた矢を手に取り、つがえ、再び弓を構えた。鈍色はあっという間に彼女の目の前に迫った。赤ずきんは二の矢をはなった。矢は目標の中心に命中したが、やはりそれの勢いは止まらず、塊は赤ずきんに衝突した。彼女は全身に激しい衝撃を受け、吹き飛ばされた。鈍色と赤が混じり合い、そのまま崖の下に落ちていった……。

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