第11話

 血痕を辿っていくうちに、周囲は徐々に暗くなっていった。森の木々の密度は増し、地上に届く太陽の光はごくわずかだった。足場はますます悪くなり、木の枝が赤ずきんの行く手を遮った。不気味な毛虫が群生し、姿の見えない鳥がけたたましい鳴き声をあげていた。赤ずきんは、血痕を見失わないように必死に進んだ。あまりにも障害物が多くまともに立って歩くのも難しかったので、彼女はほとんど四つん這いになって進まねばならなかった。彼女のその姿は、ほとんど森の獣のようだった。

息が上がり、木の枝で全身が傷だらけになっても、赤ずきんは追跡を続けた。自分の足取りの遅さが苛立たしかった。こんなペースでは狼に離されてしまうかもしれないと思うと、ますます心が焦った。その一方で彼女は、微かな希望も見つけていた。血痕の間隔が、少しずつ狭くなっているのだった。その事は恐らく、追跡対象が疲労して足取りが遅くなっている事を意味した。相手の姿は未だ見えない、距離が近づいているのか離されているのかもわからない、しかし追い続ければやがては捕まえられると、彼女は信じた。

もう二時間は追っただろうか、それとも三時間だろうか?永遠に続くかとすら思われた追跡は、突然終わりを告げた。赤ずきんが血痕を追って深い薮を突っ切ると、不意に開けた空間に出た。そこには空を覆う木々は無く、赤ずきんの腰の高さ程の草木がまばらに生い茂っていた。いつの間にか太陽は西の空に沈みかけており、その光は赤ずきんの目をくらました。右手で直射日光を遮りながら、彼女は周囲を見回した。そこは、崖の上だった。赤ずきんのいる所の辺り一体は背丈の低い草しかなく視野が開けていたが、その周囲は、三方は森の木々とツタ植物が複雑に絡まり中の様子を窺い知る事は困難であり、一方は切り立った崖に阻まれていた。崖の下には小川が流れていた。そこまでの距離を正確に知るのは難しかったが、万一落下すれば無事では済まないだろうと思われた。

血痕は!?赤ずきんは地面を見た。そこには血の跡は無かった。目の前が真っ白になりそうだった。彼女は下を向いて歩き回ったが、やはりどこにも血痕は落ちていなかった。ここまで来て逃げられた?赤ずきんの胸に、最悪の状況がよぎった。

しかしそうでは無い、赤ずきんは直感的に悟った。狼は、追われるふりをして赤ずきんをこの場に誘ったのだ。

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