第10話
それは、以前に若い狼がかかったのと同じく四番目の罠だった。罠は作動しており、その周囲には血液と獣の毛が飛び散っていた。罠のそばの大木には無数の爪痕が残されていた。獲物は相当暴れたらしい。しかし、肝心の獲物はその場には見当たらなかった。どうやら逃げられたか。赤ずきんは罠を注意深く確認した。すると、彼女は奇妙なものを発見した。
それは、狼の前脚だった。肉球よりやや体寄りの部分に、罠がガッツリと食いついていた。その前脚は血まみれで、手根関節の部分でちぎれていた。どうやら、罠にかかった狼は自ら前脚を噛み切ったようだった。赤ずきんは戦慄した。自分の命を助けるために自ら四肢を切断するなど、人間でも出来るかどうか。いや、獣だからこそそんな恐ろしい事が出来たのかもしれない。いずれにしても、この狼は恐るべき知恵と勇気を持っているに違いなかった。しかも、残された前脚のサイズから察するに、体格も通常の狼のそれよりも一回りか二回りほどは大きいと推察された。赤ずきんの脳裏に、あの狼の雄姿が――彼女はその姿を想像でしか知らなかったが――よぎった。彼女は、胸の高まりを感じた。
赤ずきんは周囲を注意深く見た。何か狼の行方の手掛かりになるようなものが無いか、目を皿にして調べた。暫く探っていると、罠のある場所から、一方向に血痕が伸びているのを見つけた。それは間違いなく、罠にかかった狼が逃げた足取りを示していた。赤ずきんはその方向に歩き出した。普段の彼女であれば、逃げられた獲物をわざわざ追いかけるなどという事はあり得なかった。そんな事をしても獲物を捕らえられる保証は無いばかりか、徒に森の奥に迷い込んで帰り道を見失うリスクすらあるからだ。しかしこの時ばかりは、彼女は狼を追うかどうか悩みもしなかった。見回っていない残り二つの罠の存在もすっかり忘れていた。
赤ずきんは無我夢中で血痕を辿っていった。狼は、脚を一本失っているにも関わらず、斜面を上へ上へと昇って行ったようだった。赤ずきんも、木の根を掴みながら坂を登っていった。途中、掴んだ木の根が折れ、坂から転がり落ちて全身泥だらけになっても、彼女は止まらなかった。泥を軽く払うと、彼女は再び坂に挑んだ。左手に持った弓の存在がじれったかったが、それを捨ててしまう訳にはいかなかった。この弓は、彼女が森の獣と直接対決する時の、唯一の頼りなのだ。
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