第8話

 彼女は、ぼんやりと自身の生活を振り返った。祖母が亡くなってから、彼女はほとんど他人と会わずに生活をしていた。もちろん、捕らえた獣を金に換え、その金で食料や日用品を購入して生きている以上、全く人と会わないという事は無いのだが、それ以上の他人との付き合いは無かった。精々、月に二三人と最低限の会話を交わす程度だった。自分はいずれ人の言葉を忘れてしまうのではないだろうかと、赤ずきんはたまに想像した。こんな生活を続けていて良いのかと考える事も無いでは無かったが、かといって他の生活を彼女は知らなかった。町に住み、綺麗な服を着て、男と愛の言葉を交わす……それは、彼女にとっては縁の無い世界だった。

獣を殺し、獣と生き、獣の牙にかかって死ぬ。それが自分に相応しい一生だ。赤ずきんは、やけっぱちや諦観では無く心からそう思っていた。彼女は、自らの死に様を想像した。力無く横たわり、目を見開き、赤い血がとめどなく流れ出る。赤ずきんは、祖母の最期の姿と想像の中の自分を重ね合わせた。尤も、彼女の場合は森で死んでもその亡骸を発見する者もいないだろうが。

もちろん、彼女もまだまだ死ぬ気はなかった。一人での暮らしが長いと、奇妙な妄想をしてしまうものだ。そんな事を考えているうちに、粥が出来たようだった。赤ずきんは椀に粥を掬い取り、息で冷ましながら少しずつ粥をすすった。代り映えのしない、味の無い大麦粥だった。彼女は、ただ無心に粥をすすった。味は今一つでも、身体が内側から温まる感じがした。何のために生きているでもなく、ただ死なないために生きている。自分の人生はこの粥の様だ、と彼女は思った。

ただ、死ぬ前に一度、祖母を殺したかの狼と会いたいと思った。

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