2.

第6話

 結局、残り二つの罠には獲物はかかっていなかった。赤ずきんは、予定通りに狼の亡骸を回収すると、森のはずれにある粗末な家に帰った。彼女は、そこで一人で住んでいた。かつては祖母と二人で暮らしていた。狩りの技術は、祖母から教わったのだった。その祖母は、一二年ほど前に狼に襲われて死んだ。赤ずきんと祖母は、その日は別々に狩りをしていたが、祖母の帰りがあまりにも遅いので心配になって探しに行ったところ、血まみれになって倒れている祖母を発見したのだった。遺体は食い荒らされ、凄惨としか言いようのない有様だった。祖母が身にまとっていた革製の外套には、彼女を襲った狼のものと思われる歯形がクッキリと残っていた。赤ずきんは、歯形の部分を切り取った。

祖母の突然の死は悲しい出来事ではあったが、森に生き狩りを生業とするものにとっては、そういった事態は常に覚悟をしておかなければならないのだ。祖母の夫――赤ずきんにとっては祖父――も、赤ずきんが生まれる前に、狩りの最中に死んだのだと赤ずきんは聞かされていた。彼女たちの生活において、死は常に生と隣り合わせの存在だった。

赤ずきんには、祖母を食い殺した狼に対する恨みの感情は無かった。それは一種の事故の様なものだったし、こちらも獣を殺める事で生計を立てている身だ。一方的に憎しみの感情を抱くのはフェアではないと思っていた。しかしその一方で、いつかは祖母を襲った狼と戦いたい、そして願わくばそいつを仕留めたいという願望はあった。残された歯形から推察するに、祖母を襲った狼はかなりの巨体であると思われた。狼の王……という表現はいささか感傷的すぎるかもしれないが、恐らくそう形容しても全く的外れという事はないだろう。当然ながら赤ずきんはその狼を見た事は無かったが、きっとどんな狼よりも美しく、また恐ろしい姿をしているに違いないと、彼女は妄想していた。その感情は、物語に登場する英雄の姿を思い浮かべて恋をする乙女のそれにも通じる所があった。

赤ずきんが仕留めた狼の皮を剥ぎ、それを腐らないように塩漬けにし終わった時には、日は既に暮れていた。一仕事終えると、彼女は自分の身体が汗と獣の臭いで酷く臭い事に気が付いた。多少の不衛生を気にしていては森での生活は出来ないが、それでもその臭気は耐え難いものだった。彼女は身体を洗いたいと思ったが、今から近くの村の風呂屋に足を運ぶには時間が遅すぎた。仕方がないので、冷たい井戸の水で身体を洗う事にした。幸い、外はもう暗く、小屋の周囲には赤ずきんの他には誰も住んでいないので、人に見られる心配は無かった。

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