第2話

 もちろんこの時点では、狼が罠にかかったと判断するのはあまりに早計であった。それどころか、赤ずきんの行く手に狼が待ち受けていて、逆に襲われる可能性も十分にあり得た。いずれにせよ慎重にならなくては。赤ずきんははやる気持ちを落ち着かせるために深呼吸をした。一度立ち止まったため、彼女は全身の疲労を一気に自覚した。多少でも体力を取り戻そうと、彼女は、豚の膀胱を繋ぎ合わせて作られた水筒を手に取り、中に入れていた水を少しだけ口に含んだ。生温い水分が喉を通過するその感覚を、彼女はじっくりと感じ取ろうとした。心なしか疲労感は幾分か和らぎ、焦る気持ちも落ち着いて来た。水筒を腰に戻すと、彼女はもう一度、一回目よりさらに深くゆっくりと深呼吸をした。赤ずきんは、腰にぶら下げた矢筒から矢を一本取ると、弓に矢をつがえた。

 矢が弓から落ちないように左手の人差し指で抑えながら、足元の悪いけもの道を、赤ずきんは一歩一歩慎重に進んでいった。暫く歩くと、三たび獣の鳴き声が聞こえた。今度こそ間違いなく、狼のそれだった。それに、確かに赤ずきんが罠を仕掛けた場所から声が聞こえていた。少しずつ、少しずつ、赤ずきんは足を運んだ。途中、落ちていた木の枝を踏んでしまい、その折れる音に彼女はびっくりした。それくらい森は静寂に包まれていたのである。赤ずきんは、未だ姿は見えないものの自分の向かう先にいるはずの獣がたてる音を聞き逃すまいと、全神経を集中させていた。

 さらに進んで、いよいよ自分が仕掛けた罠の場所が目視できるくらいの位置にたどり着くと、赤ずきんは中腰になって身をかがめた。そこで一度赤ずきんは立ち止まり、周囲を見回した。特に異常はなさそうだった。周囲の安全を確認したのち、彼女は木の幹や藪に身体を隠しながら、慎重に自分が罠を仕掛けた辺りを観察した。

 そこには、確かに狼がいた。

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