第10話 希望

「アザミか……」


 勇者アカツキに紅紫色をした花を見せられた瞬間、魔王ヨイヤミの顔が険しくなり、辺りの空気が重苦しなる。


「勇者くん、キミのことだから、知らないでこの花を私に差し出た訳じゃないだろう。この花の花言葉は『報復』だ」


 更に空気が重くなり、まわりに侍るメイド達は息ができない程だ。それでも勇者アカツキと魔王ヨイヤミは互いから視線を逸らさない。


「確かにキミ達人間いや、魔族から見ても私は報復者だろうが、こうも直接的にそれをぶつけてくるとは……。それともそのアザミの花は、キミの願いと受けとるべきなのかな? キミを生け贄に自国だけ、ひいては自分達だけ生き残ろうと企てた人間達への……」


 魔王ヨイヤミの問いに、優しく微笑んで勇者アカツキは答える。


「イジワルだなぁ、魔王さんは。アザミの花言葉はそれだけじゃないですよね?」


「そうだったかな?」と、視線を逸らしてとぼける魔王ヨイヤミ。


「確かにアザミには葉やつぼみにトゲがあり、折ろうとする者を傷つけるところから、『報復』なんて花言葉もあります。ですがそれだけじゃなく、色々な花言葉があり、その中には厳格さや高潔さを表すものも……」


 ウンウンと頷いてみせる魔王ヨイヤミ。やはり勇者アカツキの読み通り、とぼけていたらしい。


「その中で私が選んだ花言葉は『独立』です」


「ほう」と魔王ヨイヤミは目を細める。


「それは私が小さな独立国出身であり、愛馬と一緒とはいえ、ひとりで旅をし、ひとりの女性に出会ったことの証であり、その女性が高潔にして厳格な報復者であったこと、その女性に『独立』……『孤独』を見たからです」

 視線を交わす魔王さんと勇者くん。

「私は『孤独』……か?」

「今、私の目にはあなたしか映っておりません」


 勇者アカツキの言葉に思わず笑い出す魔王ヨイヤミ。


「勇者よ。そなたの望みは何だ?」

「自国の救済です」


 その返答に、魔王ヨイヤミは笑みを消して、まるで可哀想な者を見るような目を向ける。訳が分からず小首を傾げる勇者アカツキ。その姿にますます魔王ヨイヤミは辛そうな顔になるのだった。


「良いだろう勇者アカツキよ。その一輪のアザミの花に免じて、一年間だけそなたの国を攻撃しないでやろう」

「一年……ですか?」


 不安になる勇者アカツキ。確かに絶対との確約ではなかったが、一輪と指定してきたのは魔王ヨイヤミである。


「一年後にまたキミの望みを訊くよ。それまでこのアザミの花は私が預かっていよう」


 魔王ヨイヤミが慈しむように笑うと、アザミの花が勇者アカツキの手を離れふわりと浮く。そして翻って城の中へ帰っていく魔王ヨイヤミのあとを、ひとりでについていくのだった。

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