第9話 思案2
テーブルから肉料理は片され、残ったのはスープに野菜料理に、
(……石の……ブドウ?)
見るからに石でできているブドウが、房で皿に載せられている。
(えっ、どうゆうこと? 飾りかなぁ? でも皿の上に載ってるし、でも石だしなぁ。これはもしや新手の嫌がらせだろうか?)
などと考えを巡らせていると、先程のメイドが肉料理を台車に載せて戻ってくる。勇者アカツキが席にはついているのに、他の料理に手をつけていないことを不思議に思い尋ねる。
「お口に合いませんでしたでしょうか?」
「あの、これって……」
気になっていた石ブドウを勇者アカツキが指差すと、ぱあっとメイドの顔が明るくなる。
「ヴィティスですね。美味しいですよね」
美味しいと言われても、石である。勇者アカツキは疑わしそうに石ブドウとメイドを見比べ、スッと石ブドウの載った皿をメイドの方へ差し出してみる。
すると「いいんですか?」と喜び、ボキッと一粒もぎると、口に入れてガリガリボリボリと、どう聴いても人間の口からは出てこない音を出しながら、美味しそうに食べている。
「あのこれ、全部差し上げます」
勇者アカツキがそう言うと、「本当ですか!?」とメイドは満面の笑みを浮かべて石ブドウを受け取り、そのまま部屋から出ていった。その姿に勇者アカツキは、魔族と人間はやっぱり違うんだなぁ、と実感するのだった。
「何味だったんだろう?」
食事を終えた勇者アカツキは、(何か全体的に硬かったなぁ。肉や野菜が硬いのは分かるけど、スープが硬いって初めてだったなぁ)などと、腹がふくれて薄ぼんやりした意識のまま席を立ち、窓の方へ行くと、あの花々に溢れた庭園が見渡せ、夜空を飾る星々と合わさり、まさに楽園のような光景が勇者アカツキの前に広がっていた。
「やっぱり花は良いよなぁ。心が癒される。優しい気持ちになるよなぁ。花、花かぁああああああ!!!」
どうやら自分の目的を思い出した勇者アカツキは、その場で頭を抱えて懊悩煩悶する。こんな夜中では庭園に降りていって花が何種類ぐらいあるのか? 花と花を見比べて、どの花が魔王ヨイヤミに似合うのか? 実際に検分することも、魔族ならできるかもしれないが、人間の勇者アカツキには無理なことだ。できることといえば、懊悩煩悶しながら自分の知識経験の中から魔王ヨイヤミに似合う花を導き出すことぐらい。
そこで勇者アカツキが導き出したものは、
「寝よう」
今すぐ殺される訳じゃないのだから、ここはいったん眠り、仕切り直し、明日の朝から頑張ることに決めた勇者アカツキだった。
そうしてベッドに入ったが、当然眠れる訳もなく、煩悶としながら一睡もできず朝を迎えるのだった。
魔王ヨイヤミが朝を迎える。ぐっすり眠った魔王ヨイヤミがベッドの上で上半身を起こすと、自身の愛猫タソガレが、すぐ側でまだ眠っている。その愛らしさに触りたくなるのをグッと堪えていると、メイド達が朝餐を持ってきたので朝食にする。
朝食をとっているとタソガレがのそりと起き出し、「にゃあ」と一声鳴いてそのままどこかへいってしまった。
「相変わらず気ままな奴だ。勇者くんとはまるで正反対だな。フフフ」
昨日の勇者アカツキのことを思い出し、思わず笑みがこぼれる魔王ヨイヤミ。彼との出会いは魔王本人ひいては魔族全体にとって僥倖だったと魔王ヨイヤミは考えていた。
いままで人間が魔族と出会ってやることといったら二つしかなかった。即ち戦うか逃げるである。勇者アカツキだけが魔王ヨイヤミにとって初めてまともにコミュニケーションが取れた人間だった。
(戦うしか選択肢ないないのなら、滅ぼすしかないが、会話が可能なら住み分けもできるかもしれないな)
魔族内ではいまだに人間殲滅派が強く支持されているが、魔王ヨイヤミ自身はそうではなかった。実際に魔族領となった人間の土地で野菜や果物の栽培や、家畜の世話などを人間にやらせているし、成功している。ただし残すにしても魔族で正しく管理する必要があると思っているが。
「さて、あの広い庭に世界中の花だ。勇者くんがどうしているか見にいってみるかな」
魔王ヨイヤミは黒いドレスに着替えると、庭園の様子を見に部屋を出て行くのだった。
「ほう」
感心する声が魔王ヨイヤミから漏れる。庭園ではすでに勇者アカツキが花を探して掻き分けている。
「早いな」
「はい。陽が顔を出すのと同時に、朝食もお取りにならず部屋から出て行かれましたから」
城の側から勇者アカツキの邪魔にならないよう見守っていた昨夜と同じメイドに魔王ヨイヤミが声をかける。
「ほう、そんなに早くからとは、やはり自国の命運が懸かっていると違うな。で、どれくらいの範囲を探しまわったのだ?」
「範囲と申されましても、先程からずっとあの辺りを探されておられます。としか……」
「何? ではもう見当はつけているということか」
勇者アカツキの決断と行動の早さに、魔王ヨイヤミが驚きの声をあげていると、
「あったぁッ!」
と勇者アカツキの声が庭園に響く。
自国の命運が懸かった一輪の花を、世界中の花があるこの庭園から探す。その難題の答えをたった一日、しかも朝のうちに見つけたと言うことに驚きが隠せない魔王ヨイヤミ。
勇者アカツキの方でも魔王ヨイヤミの姿を見つけたらしく、見つけた花を後ろに隠しながらこちらへ向かって歩いてくる。緊張しているのだろう。その顔には不安と自信がない交ぜになっている。
昨日のことを振り返ってみても、彼は判断や行動が早い人間だったと、魔王ヨイヤミが思い返していると、勇者アカツキが魔王ヨイヤミの前までやってくる。
「私に差し出す花が決まったようだな?」
「はい」と首肯する勇者アカツキに、辺り一帯の緊張が高まる。
「魔王さんに相応しいと私が思った花は、こちらです」
勇者アカツキが後ろ手から取り出したのは、『アザミ』の花だった。
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