第7話 城庭
「うう……、ひどい目にあった……」
おもいっきり三半規管を揺さぶられたためか、勇者アカツキの視界はグルグル回り、立つこともできず、その場にへたりこんでいる。愛馬シノノメも同様の目にあったのが余程怖かったのか、勇者アカツキのすぐ横に座り込むと、その大きな頭を勇者アカツキの膝に乗せてスリスリしている。その頭を目を回しながらも撫でてあげる勇者アカツキ。魔王ヨイヤミはその姿にまた一笑いしていた。
なぜひとりと一頭はこんなにも疲弊しているのか。理由は人は移動に馬を使うが、魔族は移動に竜を使うからだ。しかもリンゴ園からここまで勇者アカツキは魔王ヨイヤミの使役する純白の巨竜の背に、黒馬シノノメはその巨竜に掴まれて運ばれて来たのだった。しかも魔王ヨイヤミの命によるアクロバット飛行というオマケ付きで。
自身の笑いが一段落したところで、魔王ヨイヤミが口を開く。
「……さて、そろそろ落ち着いたかな? ようこそ、私の城へ」
魔王ヨイヤミが手を振り視線誘導した先には、青みがかった銀色の巨大な城があった。魔界から持ち込んだ最も硬い鉱物で建造されたその城は、重厚にして荘厳な雰囲気を漂わせていた。
「……すごい」
言葉をなくす勇者アカツキの姿に勝ち誇った様な顔をみせる魔王ヨイヤミの腹心達。が、
「すごい! なんて美しい庭園なんだッ!」
勇者アカツキの関心はその前面に広がる、花々で埋めつくされる庭園の方だった。色とりどり様々な花々で埋めつくされる庭園へ、いまだに足下をふらつかせながらも、吸い寄せられるように歩いて行く勇者アカツキ。クスリと笑いながら魔王ヨイヤミはそのあとを付いていくのだった。
「……あれは定番のバラ、アネモネにデイジー、ガーベラにダリアにデルフィニウム、藤に菊や牡丹まである! ここは……ここは楽園か!?」
興奮を抑え切れない勇者アカツキに魔王ヨイヤミが話し掛ける。
「喜んで貰えて嬉しいよ勇者くん。自分以外の者に認められるというのは存外嬉しいものだな。世界中から集めた甲斐があったというものだ」
「世界中から!? それにしても季節の違う花がところどころに見受けられるのは、どうなっているんですか?」
「ああ、それは時空魔法の応用で……」
魔王ヨイヤミと勇者アカツキは花々が咲き乱れる庭園で、夜の帳が降りるまで花について会話の華を咲かせるのだった。
「随分と時間を取らせてしまったな勇者くん」
そこは城の謁見の間。夜も更け、魔法の明かりで照らされた謁見の間も、外観同様に青銀色をしている、のだがなぜか床のところどころが焦げている。ここまでの通路にもそれはあった。
玉座に身を鎮める魔王ヨイヤミと、その前で平伏する勇者アカツキ。黒馬シノノメはこの前に馬房ならぬ竜房へと連れて行かれている。
「その焦げが気になるか?」
平伏したままじっと床の焦げを見つめている勇者アカツキを、魔王ヨイヤミが目ざとく見つける。
「あ、いえ、申し訳ありません魔王様」
謁見の場で相手から気を逸らしていたことを謝罪する勇者アカツキ。
「かまわん。鏡のように磨かれた城の床が焦げ付いていれば、気になるのは当然だ。それよりも水臭いぞ。あれだけ話をした仲ではないか、私の部下でなし、「魔王さん」でも、何なら「ヨイヤミちゃん」でも良いぞ」
ニヤニヤと勇者アカツキを見下ろす魔王ヨイヤミ。反対に周りの腹心や部下達はピリついている。
「では魔王さん。この焦げはなんでしょう?」
あまり空気を読まない勇者アカツキの問いに、「勇者の成れの果てだ」とあっさり答える魔王ヨイヤミ。勇者アカツキの頬が一瞬ヒクッとする。
「勇者くんへの提案として、この城中の焦げを綺麗に磨き直してもらおうかとか思っていたのだが、やめた」
城中の焦げは魔王ヨイヤミの黒炎によってできたもので、城の建材は魔界で最も硬い鉱物。人間の勇者アカツキでは一生掛かってもどうすることもできないことだった。
だが、段々と目の前の人間に興味をもってきた魔王ヨイヤミは、自身の提案を翻す。
「勇者くんは花が好きだったな」
「はい」
首肯する勇者アカツキ。
「では、前の庭園から君が私に相応しいと思う花を一輪持ってきてもらおう。私が気に入れば君の望み、叶うかもしれないぞ? だが気に入らなければ……分かっているな?」
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