第6話 招待
全てのリンゴを射抜いて戻って来た勇者アカツキの顔は、まるでお菓子をもらった時の子供の様な満面の笑顔だ。
「これでシノノメ、私の馬の命は助けてもらえるんですよね!?」
勇者アカツキが尋ねても、魔王一行からの返答は無かった。それも当然だろう。魔王ヨイヤミを含め、誰も成功するなど思っていなかったのだから。しかも一個どころではない。木になるリンゴ全てを射抜いてみせたのだ。
誰も何も言わないので、どんどん不安になっていく勇者アカツキ。さっきまでの笑顔が不安顔に変わっていく中、
「フッ、フフフッ、フハッ、ハハハハハハハハ」
突然笑いだす魔王ヨイヤミ。
「自身を食えと言ったり、かとおもえば馬は食うな? さらにはリンゴを全て射抜いてみせる曲芸だぞ! 面白い!」
笑いの止まらない魔王ヨイヤミに、今度は勇者アカツキの方がポカーンとしてしまう。
「勇者よ、そなたの馬の命、そしてそなたの命も、私、魔王ヨイヤミの名の元、誰にも奪わせないとここに宣言しよう!」
魔王ヨイヤミの言葉に驚く腹心達とは対称的に、勇者アカツキは愛馬シノノメに抱きつき大喜びだ。「ありがとうございます!」と魔王ヨイヤミに向かって何度も謝辞を述べている。
「よろしいのですか? 奴は魔王様のお命を狙う勇者ですぞ!?」
その腹心をスッと睨む魔王ヨイヤミ。それだけでその腹心は震え上がり、他の腹心共々その場に平伏する。
「私に意見か。その覚悟だけは褒めてやる。だが考えるまでもなかろう。リンゴ一つ貫くのが精一杯の弓で、竜の牙でさえ傷つかぬ私の肌に、かすり傷一つつけられるとでも? たとえ毒が塗ってあろうと、毒など私に効かぬことぐらい知っておろう。この世に魔王を傷つけられるものなど存在せぬわ」
「仰る通りです」と腹心皆が同意したところで、魔王ヨイヤミは勇者アカツキへと向き直る。
「さて勇者……くん。これからどうするつもりだ?」
「どうする……とは?」
魔王ヨイヤミの言の意味するところが分からず、小首を傾げる勇者アカツキ。
「私は勇者くんの命は助けてやると言ったが、それだけだ。確か君の願いは自国の救済ではなかったかな?」
言われてハッとする勇者アカツキ。だが気付いたところで、彼にできることなどこのままオメオメとあの小さな自国へ戻り、魔族が勇者どころか人間自体食べないと報告するだけだ。それで何が解決するというのか。戦争を止めることはできず、いずれは自国も魔族に滅ぼされて魔族領となるのだろう。自国を救うために自身を差し出しにきて、救われたのは自分と愛馬だけ。これでは本末転倒である。
噛み締めた唇から血を流しながら、ひとり心の中でもがき苦しむ勇者アカツキ。その姿を見ながら魔王ヨイヤミはほくそ笑む。
「そこで勇者くん。私から提案があるのだが?」
「提案……ですか?」
癖なのか、また小首を傾げる勇者アカツキの姿にクスリとしながら、魔王ヨイヤミは言葉を次げる。
「巧くすれば勇者くんの国を救えるかもしれないぞ?」
「ほ、本当ですかッ!?」
人間の敵、魔王からの提言だというのに、勇者アカツキの顔は一気にパッと明るくなる。その姿に魔王ヨイヤミはこらえきれず、また一笑いしてしまう。
「……と、ここで立ち話もなんだな。場所を代えよう」
「場所……?」
「ああ、つまり私の居城へ君を招待しようということだよ、勇者くん」
そう語る魔王ヨイヤミの笑顔はイタズラ心にあふれていた。
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