番外編その15 夢
フランスで行われたコンクールで1人の少女と出会った。
アン・メイヤー。
彼女は既にプロとして活躍し、地元ということもあり、注目度が半端なかった。
もし、僕が彼女に勝てば、注目されるのは僕だ。
俄然、燃えてきた。
数々のコンクールで金賞を積み重ねてきた僕は、たとえ彼女がプロでも負ける気がしなかった。
……だが、彼女の演奏が始まり、僕の自信は脆くも崩れ去る。
アンのギターは、アンの音色は、次元が違った。
僕にアンのような音は……、
出せない。
テクニックは僕に分がある。
だけど……アンのギターは胸に響く。
それに比べて僕のギターは……、
なんて薄っぺらいんだ。
父さんに言われた事がある。
もっと1音1音を大切にした、曲を練習した方がいいと。
でも僕は、音数の多い、テクニカルな曲を優先した。
でも、この音を聴いた後だと、そのテクニックも安っぽく感じてしまう。
見た目に派手なテクニックは素人受けもよく、単純に皆んなが驚き、凄いと讃えてくれる。
僕はいつの間にか大切な事を忘れ、承認欲求の塊になっていた。
——舞台でいつものように淡々とテクニックを披露し、喝采を浴びる。
その、拍手が虚しかった。
金賞はアン・メイヤー。
当然の結果が待っていた。
……テクニックなら負けていなかった。
そのつまらないプライドが更に僕を追い詰めた。
エキシビションの金賞・銀賞によるギターデュオで、僕はテクニックに極振りした、難易度の高い曲を指定した。
だけど、その曲の中でもアンのギターは特別な輝きを放った。
確かにテクニックで僕は負けていなかった。
でも、アンの奏でる旋律の前で、そんな事は些細な事だった。
僕は間違えた。
テクニックは音楽を表現する手段のひとつに過ぎない事を僕は忘れていた。
愛夏が何故、僕の拙いギターを聴いてあんなにも喜んでいてくれたのか。
僕が考えるべきはそこだった。
——失意のうちに帰国した僕に、更に追い討ちをかける出来事が待っていた。
「音無、負けちゃったんだ」「やっぱり世界一は無理だったんだね」「せっかく友達が世界一だって自慢できると思ったのに」
一部の心ないクラスメイトの声が、僕の傷を更に深くした。
殆ど決まっていた、ギターメーカーのエンドース契約も破棄された。
たった一度の失敗で、僕は全てを失った。
と、思っていた。
でも、僕には幼馴染みの愛夏がいた。
ユッキーがいた。
こんなになった僕を尊敬してくれる凛がいた。
僕のギター物語は一旦の幕を閉じた。
物語の再開までに、3年の歳月を要してしまった。
僕はあの日、アンのギターを聴いた衝撃を忘れない。
あのアンの音を聴いたからこそ、僕のギターは多くの縁を結んだのだと思う。
間違える事はあるかも知れないけど、僕はもう立ち止まらない。
僕の夢はもう、僕1人だけのものではないのだから。
————————
【あとがき】
アンとの出会いが、鳴の音を変えた。
ある意味、色々物語の起点はアンなのかもしれないですね!
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