番外編その13 栄光の階段
父さんのレッスンは厳しかった。
一切の妥協を許さない父さんのレッスン。
父さんは、まだ手の小さな僕にも容赦なく、基本的なフォームを叩き込んだ。
独学スタートだったこともあり、僕は押弦の基本、指を立てる練習を一切やっていなかったのだ。
エレキギターなどの単音カッティングやスイープ奏法など、指を寝かせた方が綺麗な音を鳴らせる奏法もあるが、基本は指を立てて弾いた方が綺麗な音がなる。
地味な練習だったけど、楽しかった。
だんだんと音が綺麗になっていく。
目に見えて上手くなっていくのがわかるからだ。
指を立てることに慣れるに従って、レパートリーも増えた。
今までどうしても弾けなかったフレーズも指を立てることにより弾けるようになってきた。
もし、ずっと1人でギターをやっていたら、そのことに一生気付かなかったかも知れない。
身近にギターを教えてもらえる人がいて僕はラッキーだったかも知れない。
——そして何年か経った頃には初見で弾ける曲も沢山できた。
楽譜さえあれば、レパートリーは無限大だ。
「鳴、そろそろコンクールに出てみるか?」
「コンクール?」
「そうだ、全国のギタリストが課題曲と自由曲でギターの腕を競いあうんだ。腕試しにジュニア部門で出てみるか?」
「ジュニア部門って僕と同じ小学生?」
「そうだ、小学生部門だ」
「皆んな上手いの?」
「ああ、皆んな上手い。プロを志しているものも参加するんだしな」
プロ……プロって何だ?
まいっか……。
でも、上手い人が参加するなら、僕も出てみたい。
「出るよ! 父さん! つーか出てみたい!」
「分かった、ではエントリーしておくぞ」
「うん!」
ぶっちゃけ腕試しとか自分のレベルがとかは、どうでもよかった。
僕と同じ小学生が弾くギターを純粋に見てみたかった。
ワクワクする!
——そんなことを思い、意気込んだコンクールだったけど、実際は他の人の演奏を見ているなんて余裕はなかった。
何よりの敵は……緊張だ。
自分の出番が近づいてくるにつれ、緊張感が増し、言葉数が減る。
上手い下手とかよりも……皆んな、なんでこんな大勢の人前で演奏なんてできるんだ。
僕なんか手が震えて、音もビビっちゃって……。
ビビって音もビビる。
なんか間抜けだ。
「……」
つーか、今更ジタバタしてもはじまらないか。
僕は覚悟を決めて、生まれて初めての舞台に上がった。
——舞台に上がる僕を観衆は拍手で迎えてくれた。
そしてギターを構えると舞台は静寂に包まれる。
すごいギャップだ。
これが余計に緊張感を煽るんだな。
そして舞台上の照明は思ったよりも暑かった。
やっぱり手は震えている。
もうリラックスとかはどうでも良かった。これからもコンクールに参加するのなら、これは毎回つきまとうことになるだろう。
だから今日は震える指で弾く練習だ。
そして盛大に失敗してやろう。
……開きおったのが良かったのかも知れない。
演奏が始まると、緊張も指の震えもどこかに行ってしまった。
みんなが僕を見ている。
今この瞬間、この空間の主人公は僕だ。
そう思うともっと大胆にプレイすることができた。
上手く弾くことも、上手く思われたいとも考えていなかった。
ただ、無心でこの空間に流れる音に僕は酔いしれた。
自分で鳴らしている音なのに、なんか変な感じだ。
——演奏が終わると、舞台に登場した時よりも、大きく長い拍手で観衆が僕を称えてくれた。
そして、このコンクールを皮切りに、僕は世界にその名を轟かせることになる。
当の僕は全くそんなことは考えていなかったけど、僕の中で何かがかわった瞬間だった。
————————
【あとがき】
栄光の階段を歩み始めた鳴でした。
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