第175話 レッスン2 朝子の場合

 学祭のライブが終わったあと、朝子さんが僕を訪ねて来た。モジモジしているから何だろうと思っていたら、僕にギターを教えて欲しいとの事だった。


 正直少し困った。


 と言うのも技術だけなら朝子さんの方が上で、僕が教える事なんて殆どないからだ。


 ギタースラップやタッピング、スウィープ、スラム、スイッチング奏法みたいな特殊な弾き方なら、僕に一日の長があるのかもしれないけど、朝子さんほどの練度があれば反復練習だけでなんとかなる。


 ただあまりにも真剣だったのと、衣織も教えてあげたらと言うので引き受けた。


 場所は結衣さん家を使わせてもらうことになった。大阪からここまで通うのならもっといい先生に習えそうな気がするのだけど、そういうことではないらしい。


 まあ、それはいい。


 それはいいんだけど……問題は……朝子さんの格好だ。



 


 スカートの丈が短すぎる!




 朝子さん……クラシックギター出身だったら知ってるよね? スカートの丈が短かったら大惨事になることを!


 クラシック式の構えは論外として……どうしよう……椅子に座って足を組んでもらった、絶対に見える。




 そうだ! ストラップだ! ストラップをつけて立って弾いてもらおう。




「朝子さん、ストラップ」


「持ってきてへん!」


 食いぎみ且つ、キレぎみの朝子さん。これもしかして……木村さんの陰謀?


「じ……じゃあとりあえずはじめましょうか」


 まあ、僕が気を取られなければ大丈夫だ。なんとかなる。



 朝子さんがギターを構える為に右足を上にして組んだ。



 結果……アウトだった。



 見える。



 ちょっとでも視線を下にずらすと見える。



 変な話、朝子さんの顔より下に目線を動かせば見える。



 とりあえず、僕式のウォーミングアップから伝授した。



 朝子さんのほどの実力なら余裕でついてくると思ったら案外手間取っていた。でもこれで朝子さんの技術的な弱点は見えたような気がした。


 案外基礎練の中に落とし穴はあったりするものだ。僕式ウォーミングアップはダイヤトニックのチャーチモードを課題曲にしたものだ。運指的に結構辛いものも混じっている。この辺をしっかり抑えることで演奏の自由度が飛躍的に増す。


 ちなみにダイヤトニックのチャーチモードっていうのはポピュラーミュージックでよく用いられるコードやメロディーの羅列だ。



「あかん、ここが上手いこといかん」


 朝子さんの運指を見ようと目線を下げた。


 ……ヤバイ……めっちゃ見えるやん!


 でも、これはレッスンだレッスンだ。あれはただの布切れだ布切れだ。


 なんとか自分を言い聞かせてレッスンを続けた。


「……そこの運指はこうするともっと、楽になりますよ」


 僕は朝子さんの指をとって運指を教えてようとした、その刹那。


「パチィィィィィィィィィィン」


 思いっきり頬をぶたれた。


 親父にもぶたれたことないのに。


 衣織にはあるけど。


「なにすんねん自分!」


 朝子さんは顔を真っ赤にしていた。……それ……僕のセリフだからね。


「いや、運指を教えようとおもって……」


「口でいうたらわかるわ!」


「えぇ……」


 レッスンに来てるメリットがない。


 アレが見えそうなぐらい短い丈のスカートだし、ちょっと指を取ろうとしただけで怒られるし……。




 前途多難だ……。




 どっと疲れる僕だった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る