第174話 誕生日デート

「ねえ鳴、今度は私の行きたいところに付き合ってもらってもいい?」


「うん、もちろん」


 誕生日デートはこれからが本番だと言うのに、プレゼント企画で燃え尽きてしまった僕。


 ここからはいつものデートコースかな? と考えていたので、衣織の申し出はありがたい。


 つか、気を使わせた?


 衣織はいつも至らない僕をさりげなく、フォローしてくれる。本当に僕にはもったいない彼女だ。



 ——衣織が案内してくれたのは、ちょっと雰囲気のあるレトロなカフェ? と言うよりは喫茶店と言った方が適当だ。



「いらっしゃい」


「こんにちは、マスターお久しぶりです」


「お……?」

 

「衣織です。窪田衣織」


「おー! 衣織ちゃんか、随分久しぶりだね」


 どうやら衣織はここのマスターと知り合いのようだ。


 店内ではスタンダードジャズが流れていた。この独特の音は多分レコードだ。


 音楽を流しているのも珍しいが、レコードとなるともっと珍しい。


「あ、気付いた?」


 ん、気付いたって何? もしかして……。


「気付いたってレコードのこと?」


「そう、流石ね!」


 僕の様子を見ただけで僕の考えている事が分かる、衣織の方が流石だ。


「ここのお店は昔、パパによく連れてきてもらったの」


「学さんに……」


「ここのマスターはジャズ好きでね、パパが無名の学生時代から一流のプロになるって予言してたんだって」


「学さんはやっぱ学生時代から凄かったんだね」


「どうかな……だからずっと鳴と来たいと思ってたの」


「うん? それって?」


「マスターのお墨付きをもらいに来たの」



 とりあえず2人がけの席に案内され、僕たちはケーキセットを注文した。400円だった。


 ……どんだけリーズナブルなんだよ。


「あーんしてあげようか?」


「え……」


「して欲しくないの?」


「そんな事ないけど……ちょっと恥ずかしいし」


「恥ずかしいって、マスターしかいないじゃない」


 確かにそうなのだが、改まると気恥ずかしい。


「はい、あーん」


 主役は衣織なのに僕がもてなされている。


「美味しい?」


「う、うん」


 ドキドキし過ぎてよく味が分からないです。


「あ」


「ん?」


 僕の顎に付いていた生クリームを衣織が指ですくい、ペロリと……。


 

 ヤバいドキドキが止まらない。



 緊張すると味がよく分からないって言うけど、ドキドキし過ぎても味がよく分からない。



「「ご馳走様です」」



「私、ここのケーキ好きだったの、だからいつか彼氏が出来たら一緒に来たかったの」


 前にも同じような話しを聞いた気が……。


「最高のバースデーケーキだった、これで鳴に叶えてもらった夢は2つ目だね」


 そうだ、合宿の時だ!


「ねえ鳴、最高のバースデーソングを聴かせてよ?」


「衣織……」



「マスター、ギター弾かせてもらってもいい?」


 マスターは無言でオーケーサインを出していた。


 この店の奥には、ちょっとしたライブスペースがあり、ギターも置いてあった。

 

 僕はギターを手に取り、心をこめてバースデーソングを弾いた。


 店の雰囲気に合うように、ジャズソロギタースタイルで……。



 衣織は目を閉じて少し身体を揺らしながら、僕の演奏を聴いてくれていた。


 マスターは目を見開いて、じっと僕の演奏をガン見していた。



 会計の時にマスターに声を掛けられた。


「私の目の黒いうちに、窪田と音無を超える才能に出会うなんてな……」


「でしょ! 私の彼氏なの」


 衣織は上機嫌だった。

 




 ——「鳴、今日は本当にありがとう」


「どういたしまして」


「素敵なプレゼント沢山もらっちゃった」


「そんな、大したことは」


「ううん、そんな事ない」


 心なしか衣織の瞳が潤んでいた。


「私の夢はあと2つ……鳴が叶えてね」


 衣織の夢……なんだろう。





 でも、考えるまでもない。




 僕の夢は衣織なんだから。




「うん、任せて」



 僕たちは手を繋ぎ家路についた。



 その手には、お互のために作った、リングが輝いていた。




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