第161話 アンのおねだり

 朝のまどろみ……うっすら目を開くと、金髪美女が目の前に。


 一気に目が覚めた。


 金髪美女の正体は言わずと知れたアンだ。


「ねえ鳴」


「や……やあ、アン」


『世界一美しい旋律を奏でる、世界一美しいギタリスト』ダテじゃ無い。この近距離だとなおさらだ。


「しよ?」


 頬を赤く染め、恥じらいの仕草を見せるアン。


「え」


 し……しよってなんだよ? ナニをするんだよ?


「ね?」


 ね……って言われても。


 ダメだ僕には衣織がいる。この流れに飲まれちゃダメだ。


「いいでしょ?」


 ダメだ……ダメだダメだダメだ!


「アン……悪いけど僕は衣織を裏切れない」


 さらに頬を赤く染め、恥じらいの仕草を見せるアン。


「……だったら衣織も一緒に」


 え……衣織も一緒に……何てことを言うんだよアン。


 僕はまだ衣織ともしていないと言うのに。


「衣織も一緒にセッションしましょ」


「へ……」


「うん? どうしたの?」


「いや、なんでもない」


 そりゃ冷静に考えればそうだよね。僕のバカ!


「それよりアン、いきなりどうしたの?」


「日本での仕事が終わったのよ、明日帰国するわ」


「え……」


 突然ってわけでもないか……アンは世界を股にかけるプロギタリストだ。そりゃそうだよね。


「本当は帰る前にナル・オトナシと勝負したい……って思っていたんだけど……それはもういいの、セッションしましょ?」


 勝負……僕では今のアンとは勝負にならないか。


「あ、鳴いま勘違いしたよ」


「え、勘違いって?」


「短い間だったけど、一緒にいて鳴のことはよく分かったわ。鳴はなんでも直ぐ顔に出るね」


「そうなの?」


「そうよ、だから衣織も安心していられるのかも」


 なんだか照れくさい。


「鳴は私から見ても凄いギタリストよ。だから勝負よりセッションの方が楽しめるの! 自信を持って」


 僕は3年のブランクで失われた技術面にコンプレックスを抱いていた。


 でも、あのアンが認めてくれたんだ。


 自信を持ってこう。


 今のひと言で色んな呪縛から解き放たれた気がした。


「アン……ありがとう」


「いいのよ、私もいい刺激いっぱいもらったし」


「とりあえず衣織に連絡取ってみるね」


「よろしく」


 早速連絡を取ると衣織は二つ返事で了承してくれた。


 僕が衣織に連絡を取っている間にアンはハイヤーを呼んでいて、ゆっくり身支度を整える暇もなかった。


 もし、断られていたらどうするつもりだったのだろうか?


 まあ、アンと衣織は妙に波長が合うから、気にもとめていなかったのかも知れない。


 アンが帰国するのは寂しいけど、久しぶりの3人でのセッションに心を踊らせる僕だった。


 

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