第155話 凛の想い

 大阪から帰った夜のことだった。


「兄貴、凛『織りなす音』抜ける……んで部活もやめるから」


「え……今、なんて?」


「バンドも部活もやめるって言ったの」


 青天の霹靂だった。


 だって『全国高校生軽音フェス』で優勝してこれからって時なのに……なぜ?


「理由、聞かせてもらってもいいか?」


「勿論だ、でも、兄貴にしか話さない……っていうか話せない。そこは理解してほしい」


「それは内容次第だろ、仲間なんだから、皆んなにもちゃんと報告しないとダメだろ」


「報告はするよ。凛も仲間だと思ってるし……でも根っこのところは、言いたくない」


 凛の目は真剣だ。


 それに根っこのところってなると無理強いするわけにはいかない。


「分かった……聞かせてくれ」


 凛はゆっくり頷いた。


 しかし、うつむいて黙りこくったままだ。


 心を落ち着けているようにも、頭の中を整理しているようにも取れたので、黙って待っていた。


 しばらく時間が経過して、ようやく重い口を開いた。




「もう兄貴の背中ばかり追いかけるのは嫌なんだよ」




「僕の背中……」



「凛は、兄貴みたいになりたくてギターをはじめた。

 だから凛はずっと兄貴の背中を追いかけてきた。

 でも……」


 こんなにも思いつめた顔をしている凛を見るのは初めてだ。


「このままじゃ、いつまで経っても兄貴を超えられない『織りなす音』で兄貴と実際にプレイしてよく分かった」


 凛は何を言ってるんだ……とっくに僕なんか超えている筈なのに。


「凛、僕を超えるって……もうとっくに超えているじゃないか、それはこの間のセッションでも証明されているだろ?」


「兄貴、その無自覚もそろそろやめた方がいい」


「無自覚……?」


「あれは凛の力じゃない、兄貴の作り出した空気の中だから出来たんだ」


 僕の作り出した空気……衣織もそんなことを言っていたが。


「軽音フェス……優勝できたのは兄貴の力だよ。兄貴があの空気を作らなかったら多分、朝子さんのバンドに負けていたよ」


 確かに、あのライブでは僕が張り詰めた空気を解放したとは思う……。


「でも、それだって皆んなの力があればこそ「違うよ!」」


「兄貴は本当に何も分かっていない!」


 凛が言葉を荒げる。


「分かってないって……何がだよ!」


 僕もつい、それにつられてしまった。


「強すぎるんだよ、兄貴は……兄貴も昔アンにそれを感じたんだろ? だから逃げ出したんだろ?」


「凛……それって」


 ギターをやめるってことなのか?


「凛はギターはやめない。でも、いつまでも兄貴の日陰にいるのは嫌だ。だから兄貴とはもう一緒にできない」


 正直、凛の言っていることの全てが分かったわけじゃない。でも……。


「分かった」


 僕は止めることが出来なかった。


「凛は兄貴を尊敬している……だからいつか兄貴と肩を並べられるギタリストになりたい」


「凛……」


「それだけなんだよ」


 凛が僕に近づいてきて、胸に顔を埋めて泣いていた。


 子どもの頃を思い出した。


 そんな時、僕はいつも、凛の頭を撫でてあげた。


 それは今も変わらない。



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