第152話 城ホール前で打ち上げ

「パチ——————ン」


 乾いた音が大阪の夜に響く。突然の出来事に驚く衣織と木村さん。


「音無鳴! 今日のことは絶対許さへんからな!」


 セッションのためとは言え、失礼なことを言ったのは自覚している。


「朝子さん、ごめんなさい」


 素直に謝った。


「朝子、何かあったん?」「鳴、何があったの?」


「なんもない」「僕が悪いんです」


「「どっちよ!」」


 取り繕おうとする朝子さんにキッっと睨まれたが、ビンタまでしておいて何もないは無理だろう。


「いや、ほんまに何もない……ちょっとムカついただけや」


「ちょっと、ムカついただけってあんた……それだけで人の彼氏にビンタしないでよ」


 うぐぐっとなる朝子さん。


「歌姫……それはごめん、ウチが悪かった」


 朝子さんはしおらしく衣織に謝ったかと思えば、いきなり僕の胸ぐらを掴んできた。


「でも、今日の事は許さへん! 許さへんけど……」


 そして僕の胸に額を押しつけて「ありがとう……今日の事は一生忘れへん」



 これはもしかして……デレているのか?


 衣織と木村さんが顔を見合わせ、やれやれって感じのポーズをとっていた。



 ——それから僕たちは自動販売機でソフトドリンクを買い、軽く打ち上げをした。


『『かんぱーい』』


 本日二回目の乾杯だ。最初の乾杯より喉が渇いていたので美味しく感じた。


「そっか、やっぱBメロやんね、朝子のギターが明らか変わったもん」


「私も思った、2人が仕掛けて来たって」


 今日のターニングポイントだ。皆んな同じように感じていても不思議はない。


「あのままじゃ、2人の歌に呑まれちゃうと思ったので……すみません朝子さん。失礼なこと言って」


「いや、もうそれはいいんや」


「そういえば音無鳴、朝子にどんな魔法の言葉をかけたの?」


「え……言わないとダメですか?」


「私も聞きたい」


 言っちゃっていいのか……僕は朝子さんと顔を見合わせた。朝子さんは目を見開いて僕を見つめているだけだ。どう判断していいのだろう。つか怖い。


「こいつ言うに事欠いで『だから負けたんだ』とかぬかしやがったんだよ!」


 僕が迷っている間に朝子さんが若干キレ気味で話した。


「うーわっ最低」


 木村さんに笑顔はない。


「そりゃビンタもされるわよ」


 衣織は呆れ顔だ。


 自分でもダメだって分かってたから、甘んじてお叱りは受けます。


「でも感謝してる……あの言葉でスイッチが入ったんは確かや……その後のプレイはウチが経験したことのないもんやった」


 華のあるこの2人の歌は特別だ。生半可なプレイじゃ支えきれない。


「でも、それはそれや! 覚えとけよ!」


「は……はい」


 捉えどころのない人だ。


 そして僕はもう一つ気になっていたことがあった。


「木村さん、ヴィンテージギターなのにスラム奏法してしまって、すみませんでした」


「いいよいいよ、すごいグルーヴになったし」


「そう言ってもらえると助かります」


「なんか問題あったら身体で払ってもらうし、気にしないで」


「ちょっと、あんたね」


「ごめんて、冗談冗談」


 木村さんの話は冗談に聞こえないのが怖いところだ。


 その後も僕たちは今日のセッションの話で盛り上がり、連絡先を交換して解散した。



 宿舎に着くとロビーで待っていた寺田先生に軽く怒られてしまった。


 予定外のアンコールで思った以上に時間を食ってしまった。


 今日の1日は長くて濃かった。


 さすが大阪。



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