第145話 木村絢香
僕たちのステージが終わった後の客席の反応はこれまでのそれとは全く別物だった。
軽音フェスを締めくくるトリだということを除いてもこの盛り上がりは異様だ。
自分で言うのはなんだが、まるでメジャーアティストが出演していたかのようだ。
割れんばかりの歓声と拍手で僕たちのステージは幕を下ろした。
バックステージに戻ると朝子さんが悔しそうに僕を見つめていた。
「君、凄いね」
そう言いながら朝子さんバンドのボーカリストが握手を求めてきた。断るのもあれなので、がっしりと握手した。
「あの空気作ったの……君でしょ? 見事だったね緊迫した空気の解放……鳥肌が立っちゃったよ」
彼女は握る手に力を込めてきた。なんて握力だ……本当に女子か……。
「い、痛いです」
「あ、ごめんごめん、つい興奮しちゃって」
穂奈美と同じぐらい淡々としていて、全然そんな風には見えないのだが……。
「あの……」
「なに?」
「いえ、なにも……」
彼女は握る力を緩めてもまだ手も離してくれなかった。そしてそのまま続けた。
「私は、
ちなみにまだ手は離してくれない。握手というより手を繋いでるだけだ。
「とんでもないです。朝子さんのギターも凄かったですし、木村さんもの歌もすごく魅力的でした。実際、聴き惚れてしまいましたし」
木村さんがグイッと僕を自分の方に引き寄せた。僕はこれでも柔道をやっていたのにあっさりと身体を持って行かれた。
顔と顔が近い! どうなってんだこのバンドのパーソナルエリア。
「じゃぁ、私と組んでみる?」
「え」
これにはうちのメンバーも黙っていなかった。
「ちょっと!」「おい!」
「ごめんて、冗談だよ」
木村さんはようやく手を離してくれて、今度は衣織にずいっと近寄り顔を近づけた。
「あなたの歌も素敵だった……でも……」
木村さんは含みを持たせたまま衣織から離れていった。
「とりあえず、お疲れ様。最高にいいモノが見れて幸せだった」
「ありがとうございます」
木村さんに素直に挨拶を返したのは僕だけだった。
「音無鳴、また会おうね」
不思議な人だった。
「鳴」「兄貴」「師匠」「音無くん」
いくら察しの悪い僕でも、なんで皆んなが怒っているかは分かった。
この後、僕はバックステージでボロ雑巾のようにたっぷり絞られた。
軽音フェスのスタッフの方が、僕たちに声を掛けるのを躊躇するほどの勢いだった。
本番の後でよかった……心からそう思った。
まあ、とにかくやりきった。
後は結果発表を待つだけだ。
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