第144話 魂と華
本番直前にこんな心理状態になったのは初めてだ。歌詞が……僕にとっては辛い歌詞だった。
「鳴!」
衣織に両頬を同時にパチンと叩かれた。
「感動するのはいいけど、情けない顔はしないで」
そのままの状態で僕を真っ直ぐに見つめる衣織。
目は口ほどに物を言うとはよく言ったものだ。自分が平静を取り戻していくのがよく分かる。
「ありがとう衣織……もう大丈夫」
悔いを残さないステージ。
衣織に気合を入れてもらわなければ、思いっきり悔いを残すところだった。
ステージ脇ですれ違った朝子さんがドヤ顔で僕を見ていた。
確かにドヤ顔に値する最高のステージだった。
でも、僕は……僕たちは負けない。
ステージに上がるといつものように、いきなり曲を開始した。
僕たちはオープニングにMCを挟まない。別にそれが格好いいと思っているわけじゃない。
それが最適解なのだ。
魂のこもった演奏。
音楽を表現するのに用いられる、ありきたりの言葉だ。だがそれを実践するのは難しい。そう評されることがあったとしても、体感出来ることなんて殆どない。
だが、今日は違った。
1音1音に魂がこもっていると実感できた。さっき大きく心が動かされたせいなのだろうか。
僕のギターの音がいつもと明らかに違った。
衣織、凛、時枝、穂奈美にもそれは伝わっている。
そして僕たちの魂の演奏に衣織が華を添えた。
『『ワァァァァァァァァァ——ッ』』
僕たちのパフォーマンスにオーディエンスは大歓声で応える。
今までで最高のステージだと自負できる。皆んなの良いところが、いかんなく発揮されている。
それ故に精神的な消耗も激しい……こんな演奏で1曲もつのだろうかと内心焦っていた。
——極限までに張り詰められた空気の中で僕は感じた。
違う……違う……これはライブだ。
僕たちだけのステージじゃない。
オーディエンスともっと一体にならなければ、張り詰めた空気を解放しなければダメだ。
僕はいつもはやらないようなオーバーアクションでそれを示し、アイコンタクトで皆んなに促した。
新たな世界が見えた気がした。
そしてその瞬間、衣織の歌が更なる高みに。
こんなにも大歓声を浴びているのに鮮明に衣織の歌が入ってくる。
今確信した。
そしてようやく理解した。
学さんが僕たちにメジャーに行くべきだと言った真の理由を……。
衣織の輝きはオーディエンスに比例して強くなる。
応援する人が多ければ多いほど華々しく輝く。
これがスター性だ。
僕たちの織りなす音が会場全体を包み異様な盛り上がりを見せる。
僕は学園のアイドルである衣織に告白されて、学園での平穏な日々を失った。
でも、これからは学園だけで済みそうにない。
僕は衣織と一緒に、平穏とは無縁の人生を歩むことになりそうだ。
————————
【あとがき】
最終回みたいな終わり方でしたが、まだまだ続きます!
燃え尽きるまでお付き合いください!
本作が気になる。応援してやってもいいぞって方は、
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よろしくお願いいたします。
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