第122話 合宿の夜

 お風呂も入った。食事もいただいた。


 そしていよいよ問題の夜だ。


 皆んなのシャンプーの匂いにやられて、もう既に悶々とした気分だ……僕って意識しすぎなのだろうか。


 合宿が終わったらユッキーに相談してみようと思った。


「なあ、今日の反省会やろうよ」


 時枝の一言で恒例の練習後ミーティングが始まった。今日はやっぱり凛に対するダメ出しが多かった。凛は黙ってそれを聞いていたが、時折僕に鋭い眼光を向けていた。何も悪いことはしていない筈なのに恐怖を感じずにはいられなかった。


 しかしアレンジの方向性は皆んな概ね納得していた。あとは数を重ねればなんとかなるだろう。


 そしていよいよ、消灯……つかマジ僕、皆んなと同じ部屋でいいのだろうか?


「おい、兄貴なにやってんだよ早く寝袋入れよ」


「う……うん」


 寝袋のファスナーをしっかりと閉められ、バルコニー側に放置された。


 ……でもある意味安心だ。


 こんな状態なら流石に何の間違いも起きないだろう。疲れていたこともあり、そのままあっさりと眠りについた。




 ——しかし、事件は夜中に起こった。


「ドン」腹部に強い衝撃を感じた。つか普通に息が止まるかと思うぐらいの強い衝撃だった。そして、その後に顔に柔らかい感触が……僕は目を開けたが部屋が暗くて何も見えなかった。


 でも、この感触は間違いなくあれだろう。


 おっぱいだ。


 つか誰のおっぱいだ! じゃなくてなんでこんなことになっている。


 そしてぎゅーっと抱きしめられ更におっぱいに顔を埋められる格好になった。


 両腕で頭をしっかりホールドされている。そして寝袋だから何の抵抗も出来ない。


 やばい……この状況はやばい……何が一番やばいかって呼吸が出来ない! 


 生命の危機だ。


 呼吸をするために顔を動かすと「うんっ……」ちょっと色っぽい声が聞こえた。


 えっ、えっ、えっ……これ本当にやばくない?


 こんな時どうすればいいの?


 何が正解なの?



 そんなことを考えていると抱きしめる力が緩み、なんとか呼吸可能となった。


 生命の危機は脱したが、危機的状況はかわらない。


 暗闇にも目が慣れてきたので、顔を確認すると……穂奈美だった。


 穂奈美が寝ぼけて僕を抱き枕にしている?


 詳細は分からないが、僕は穂奈美に抱きしめられていた。


 ドラマーだけあってなかなか力も強い。


 このままだと僕は、窒息死もしくは社会的に死んでしまう。


 僕は決死の覚悟で穂奈美に呼びかけた。もちろん小声でだ。


「う……うんっ」でもおっぱいに阻まれて僕の声が届くどころか、穂奈美がさらに色っぽい声をあげるだけだった。


 どうしよう……って考えていると穂奈美とバッチリ目があった。


 社会的に死んだ……と覚悟を決めた僕だったが、穂奈美はそのまま自分の寝床に戻り、何事もなかったかのように眠りについた。


 寝ぼけていたのだろうか……。


 九死に一生を得た僕だった。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る