第121話 合宿初日

 皆んな気合いの入った演奏だった。


 結衣さん率いる『すっぴん』と古谷先輩率いる『Air Ash』は、カバー部門の1枠を争うこととなる。


 他の部活で言うところのレギュラー争いだ。気合いの入った演奏になるのも当然だ。


 現時点では『Air Ash』の方がまとまりもよくグルーヴ感もある。


 でも選抜は合宿中には行わず、書類提出ギリギリまで粘る話になっている。


 そして僕たちの『織りなす音』は僕が作った新曲でエントリーする。


 本番はライブ形式なので、バラード色の強いこの曲は不利ではないかという意見もあったが、衣織たっての希望でこの曲で挑戦することとなった。


 とはいえアレンジは若干変更する。その時のキーになるのが凛のギターと穂奈美のドラムだ。


 曲の骨格である僕のギターと時枝のベースは変更せず、凛のギターと穂奈美のドラムをライブ用にアレンジするライブバージョンだ。


 穂奈美は上手く対応しているが凛はおもったより苦戦している。と言うのも凛も僕もクラシックギターから入ったので、ロック独特の音使いが苦手だからだ。


 ギターはジャンルが変われば別楽器のようになってしまうのだ。


 でも僕は正直、ライブ審査については何の心配もしていない。


 衣織に圧倒的な『華』があるからだ。


 事実今も、リハーサルスタジオの空気を衣織が支配している。


「窪田の歌……変わったよな……なんと言ったらいいんだろ……力強さと言うか」


「華でしょ」


「そうそう! それだ!」


 今の古谷先輩と結衣さんの会話だけでもそれが分かる。


 衣織は進化し続けている。


 僕も負けてられない。



 ——練習が終わると学さんに温泉をすすめられた。疲れていたので素直にご好意に甘えることにした。しかし、別荘に温泉ってどんだけだよ……。


 しかもご丁寧に男湯と女湯が分かれていた。


 ここまで来るともうホテルだ。いったいいくら維持費が掛かっているのだろう。


「なあ音無、窪田とはどこまですすんでるんだ?」


「え……」


「そうだ聞かせろよ」


 古谷先輩と車谷先輩を中心に衣織との関係を執拗にヒアリングされた。


「いいな——音無は、彼女も妹も可愛いし、バンドメンバー皆んな可愛いし……しかもアン・メイヤーにまで抱きつかれてたろ! 何一人だけハーレムを満喫してんだよこの野郎!」


 田中先輩に執拗な攻めを受けた。


「で、音無くん今夜はどうするのですか?」


「林先輩……どうするって?」


「女子の中に男子が一人……さぞ淫らな夜に」


「ならないです!」


 疲れを癒すための温泉でどっと疲れが溜まってしまった。


 でも、本当に夜が心配だ。


 流石の僕も女子の中で男子一人は恥ずかしいし、朝とか不用意に起きられない。


 音楽に集中するために来た合宿で、音楽以外のことで頭がいっぱいになる僕だった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る