第116話 衣織のハートに火がついた

 鳴と一緒に活動しはじめてから、私なりに手応えを感じていた。


 曲に対しても、自分に対しても、成長を感じることができた。



 ……でも私は、鳴と凛ちゃんが今やったような感動を、オーディエンスに与えられているのだろうか?



 本当に凄いものを見せられてしまった。


 正直悔しい。


 今の私では辿り着くことができない世界。



 でも、なんだろう……心の奥からこみ上げてくるこの想いは……。


『ハートに火がつく』ってのはこういうことなのだろうか。


 やる気に満ち溢れてくるのが分かる。



 音楽家として格を上げることが私のゴールではない。『織りなす音』がより多くの人に認められることこそが私の目指す場所。


 でも、こんなものを見せられたら……音楽家としての高みを目指したくなるじゃないか。




「いや……なんて言うか、凄いもの見させてもらったね……」


 あの結衣でさえこんなに畏まっている。恐るべし音無兄妹。


「たまたまですよ」


 たまたまだと……凛ちゃん、謙虚も過ぎると嫌味になるよ。


「な、なあ、今の本当に即興だったのか? あの速弾きのハモリとか普通できないくない?」


 古谷先輩の仰る通りです。


「即興です。でも兄貴のフレーズの癖はなんとなく分かってるんで予備知識はありましたよ」


「だ……だよな」


 だとしても凄い……つかありえない。


「本当にパねーっすね! さすが師匠の師匠ですね!」


「師匠?」


「お兄さんのことですよ、昨日コテンパンにやられちゃって」


 しかし……凛ちゃんスペック高いな……鳴の前ではイタズラっ子にしか見えないけど、TPOもちゃんとわきまえている。鳴が妹萌えじゃなくてよかった。


「ところで凛ちゃんの所属は衣織のところでいいかな?」


「ウチは、衣織さんたちが良ければ……」


 私は構わない。むしろ喉から手が出るほど欲しい。


「私はそれで構わないわ」


「僕も大丈夫です」


「あーしも!」「私も」


 メンバーは満場一致だ。


「古谷先輩はそれでいいかな?」


「あ、ああ……ウチは男所帯だし、それに持て余してしまう……」


 まあ、そうなると思っていた。凛ちゃんは凄過ぎる。物怖じしないうちのメンバーがおかしいのだ。


「じゃぁ凛ちゃんの所属も決まったことだし、改めて軽音部にようこそ!」


 去年はソロだったけど、まさかバンドにまでなるとはね……。


 去年の私が今の私を見たらすごく驚くと思う。


 自分の音楽を汲み取ってくれるメンバーなんて、現れないと思っていたのだから。



 価値観を共有できる仲間と共に音楽を創る。



 私の青春は中々のものだ。




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