第110話 音無鳴はヤバイやつだ
私たちは中学の頃から、名前の通ったリズム隊だった。インディーズのギャルバンから誘われることも有ったけど、心が揺さぶられる仲間と巡り会えず、2人で高め合ってきた。
そんな時だ。
窪田先輩とルナさんのプレイを聴いて、私たちは初めて心が揺さぶられた。
一緒に組んでみたい……はじめてそう思った。
なのにルナさんの席はすでになく、窪田先輩はナヨっちいギタリストと組んでいる。
ルナさんほどの実力者ならともかく、どちらが上か聞いても、自分の方が上だって答えられないようなナヨっちい輩が窪田先輩とユニットをくんでいるなんて……許せない!
これは実力の差を分からせてあげるしかないでしょ。
「なあ、ブルースのコード進行でいいか?」
「はい、キーはお任せします」
キーはお任せしますだと……10年早いよ!
『穂奈美、いつものロールからでお願い』
『うん、分かった』
私たちはアイコンタクトで意思疎通できるほど、2人で高め合ってきた。私たちのセッションに言葉はいらない。
このキメの応酬を経験しているギタリストは中々いないだろう。特に私たちのようなスウィング系のリズムだとなおさらだ。
……しかし、彼はあっさりと私たちのリズムに入ってきた。しかも強引なフレーズで主導権を奪われてしまった。
なんだこいつは……。
そして彼は複雑なリズムで遊びを入れてきた。
うん? 頭がどこかわからない。拍を見失わさせたの?
『時枝ダメ、頭はここ』
『ありがとう!』
穂奈美のバックビートのおかげでなんとか元のリズムに戻れた。なんなのアイツ! なんてリズム感なの!
その後も私たちは彼の高度な技術の前に翻弄された。
私と穂奈美のコンビネーションをもってしても、ついていくのがやっとだった。なのに彼はこれでもかと言わんばかりに拍の取り方を変え、リズムに変化を持たせた。
これは集中力を切らすと演奏が止まる。なんてリスキーな演奏。
私は思わず彼の方を見た。
な……なんて楽しそうな表情なの?
必死の形相をしているに違いないと思った彼の表情は余裕すら感じられた。
その後はもう、彼になされるがままだった。この旋律……世界一美しい旋律を奏でると評される、アン・メイヤーにもひけをとらない。
一言で言うなら化け物だ。
彼は窪田先輩に相応しい実力を有した、本物のギタリストだった。
10年早かった。
実力の差を見せつけられたのは私たちだった。
——「楽しかったね!」
楽しいだと……今セッションをその一言で片付けてしまうのか……次元が違う。
「う……もう無理……」
素直に負けを認めます。
「同じく……」
さすが相棒、こんな時も以心伝心だ。
音無鳴はヤバイやつだ。
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