第109話 リズムバトル

 新入部員2人を相手にセッションすることになった僕。何故こんなにも敵意を向けられているのか分からないけど、音で語り合えば分かり合えるよね。


「鳴、本気でやりなさいよ?」


「もちろん!」


 衣織にハッパをかけられた。


 時枝さんはフレットレスベース。穂奈美さんは浅胴スネアでレギュラーグリップだ。


 この2人、もしかしたら相当な実力者かもしれない。


 というのもフレットレスベースはフレットがなく音程をキープするのすら難しい。独特の甘く乾いたサウンドが特徴だ。


 浅胴タイプのスネアは扱いかたを間違えるとカンカンうるさいだけのサウンドになってしまうが、軽快なノリを出せる。それにレギュラーグリップはレギュラーなんて呼ばれているが、とっかかりが難しい。


 やばい……ワクワクしてきた。


「なあ、ブルースのコード進行でいいか?」


「はい、キーはお任せします」


 穂奈美さんのロールドラムで曲が始まった。


 すごい、キメの応酬だ……キメとはタイミングを合わせて演奏にアクセントをつけることだ。

 時枝さんはフィンガーピッキングなのに、こんなにも細かいキメに対応できるのが凄い。穂奈美さんも時枝さんの音の立ち上がりの弱さを完全んにカバーしてる。


 いいリズム隊だ。


 でも、これは完全な挑発だ。


 このリズムの渦に入って来られるのなら入って来い的にしか聴こえない。


 でも、凛に鍛えられた今の僕なら、この程度のリズムの渦なら一度聴くだけで対応できる。


 僕は2人のリズムの渦に入り込み、リードプレイで強引に主導権を奪った。


 それでも2人は冷静についてきた。さすがだ。


 リズム隊が相手だから旋律云々よりもリズムで遊びたい。


 僕はリズムに癖があるフレーズをチョイスし2人に揺さぶりをかける。時枝さんがちょっとつられそうになったが穂奈美さんがバックビートでリズムを戻す。


 ナイスコンビネーションだ。なかなかやる。


 僕はキメに合わせフィルで掛け合い、リズムに緊張感を持たせた。歌の邪魔になるぐらい過剰な演出だがこれは、楽器隊のバトルだ。スリリングであればあるほど楽しい。


 そしてキメのフィルの拍の取り方を変え、変拍子っぽく聴こえるように細工したフレーズで2人を揺さぶる。これは集中力を切らすと演奏が途切れてしまうやつだ。


 それでも2人はついてくる。


 楽しい……僕は衣織に対してもアンに対しても伴奏に徹していた。


 でも今回のセッションは完全にリードだ。


 僕の世界を、思うままの音楽を、彼女たちのリズムに乗せて奏でる。



 ——セッションが終わった後には程よい疲れが……とてもいいセッションだった。


「楽しかったね!」


「う……もう無理……」


「同じく……」


 演奏が終わり彼女たちに声をかけるとぐったりしていた。


 まあ、気の抜けないセッションだったけどここまで消耗させてしまうとは……。


 少し申し訳ない気持ちになった。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る