第96話 美しきセッション
3年前、彼女との勝負に敗れギターを挫折した僕が今、彼女とセッションできることに胸を踊らせている。一体誰が想像できただろうか。
しかも女装で……絶対誰も想像できやしない!
「Cの1・6・2・5でいいかしら?」
「あ、はい大丈夫です」
Cの1・6・2・5はよく使われる循環コードの進行のことだ。即興でセッションする場合はこの辺りの知識を有していると手短な打ち合わせで済む。
「じゃ、はじめるわ」
「……はい」
緊張の一瞬だ。アンはどんなプレイで魅せてくれるのだろうか。
——拍手が鳴り止み会場が静まったところで、アンのインプロヴィゼーションがはじまった。
1・6・2・5のシンプルなコード進行なのに緊張感のあるフレーズで攻めてくる。さすがアン、魅きつける手段を心得ている。勉強になります。
セッション形式でも主役はアン。僕の役割はあくまでも彼女を引き立てる事。だからと言ってだるい演奏をすればアンの良さまでボケてしまう。
特にアヴォイドノート、このコード進行の構成外音まで積極的に使ってくる彼女のリードプレイは一瞬でも気をぬくとボケたプレイに変わってしまう。
大胆すぎる。
もし僕が不協するヴォイシングを選択していたらどうするつもりなのだろう。それともそれすら瞬時に判断しているのか。
とてもスリリングなプレイだった。衣織や学さんたちとプレイするのとはまた違った緊張感がアンのプレイにはある。……というよりこれはバトルなのか? アンは僕に仕掛けてきているようにも取れる。
でも、それが挑発だったとしても僕はのらない。
アンの良さをもっと引き出したい。アンの奏でる最高の旋律を聴いてみたい。僕はこれまで以上にアンのプレイに意識を集中し、彼女が欲している音を探った。
……これだ……僕は何か見えた気がした。
アンが求めている音が……。
僕はコードヴォイシングパターンを変更した。
するとそれに呼応するようにアンのメロディーが変化した。
それは至高のメロディーだった。
同じ音楽家として嫉妬してしまうほどの美しいメロディー。
『世界一美しい旋律を奏でる、世界一美しいギタリスト』の真の実力を僕は身を以て体験した。
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