第94話 アンとルナ

 アン・メイヤーが僕の事を調べていた?! 僕が世界一の旋律を奏でるギタリスト?! 一体どう言う事だ……。


「ナル・オトナシ……聞いたことないですね」


 しれっと嘘をついた。こんな格好で本当のことなんて言えるはずない。


「そう……残念」


 そう、目の前で女装している残念なやつがナル・オトナシです。


「今回来日して、彼に会えるかも? って少しは期待してたんだけどね」


 マジかよ……そんな風に僕の事を……。


 ん、ちょっと待てよ同姓同名の別人ってことも……ちょっと探りをいれてみるか。


「何でそんな無名のギタリストの事を知っているんですか?」


「ん—コンクールで一緒だったの、それに彼は無名だけど、お父様は有名なギタリスト、ジン・オトナシよ」


「そ……そうなんですね」


 僕で確定だ。


「本当にすごかったのよ? テクニックなんかは私より全然上だったし」


「本当ですか!?」


「本当よ……正直彼に嫉妬したもん」


「そこまで……」


「それに彼の奏でるメロディは本当に美しかった。あの閃きとセンスを超えるギタリストを私は未だに知らない」


 すんげー高評価……僕の演奏はちゃんと刺さっていたのか……。


「ただ、彼のプレイには心がなかった。まだ、アマチュアだったし子どもだったしね……今頃凄いギタリストになって、日本では有名だと思っていたんだけど」


 それは僕自身があの日に痛感した。僕のプレイは本当に薄っぺらかった。


 言葉の節々からアンがあの勝利に納得いっていないのがわかった。少し救われた気がしたが、それも踏まえての結果だ。僕が負けたことに変わりはない。


 混乱を避けるために僕は従業員通用口側の道へアンを案内した。


 もう少しで通用口へ到着するというところで慌ててマネージャーが駆け寄ってきた。僕の役目はここまでだ。


「あなた名前は?」


「ルナです」


「そうルナ、これ今日のクリニックのチケット。よかったら見にきて!」


 都合のいいことにチケットは5枚。


「はい、是非」


 みんなの都合を聞かずに勝手に返事してしまった。


 純粋にギタリストとして彼女のプレイを見てみたい。


 その思いが強かった。






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