第93話 ナル・オトナシ

 公園からショッピングモールへ向かっていると、キョロキョロと周囲を見渡し、いかにも道に迷って困っているいる風の金髪美女と遭遇した。


 アン・メイヤーだった。


 おいおい、これから君イベントだろ……なんでその君がこんな場所にいるんだ。


 彼女をリスペクトする気持ちがあるとはいえ、僕にとっては因縁の相手だ。


 そんな彼女と会って冷静でいられる保証はなかった。


 でも、このほっこりするシチュエーションに僕の敵愾心てきがいしんはどこかへ行ってしまったようだ。


 確かアン・メイヤーはフランス人だったよな……。


 放っておくこともできなかったので、フランス語で声を掛けた。もちろん声色は変えて。




「どうしました? 道に迷いましたか?」


 僕の問いかけに振り返る彼女。


 何だろう……昔の僕……なんでこんな美人に喧嘩をフっかけたんだろう。


 負けたっていいじゃん! こんなに美人なんだから! お近づきになろうよ!


 アン・メイヤーは『世界一美しい旋律を奏でる、世界一美しいギタリスト』に相応しい美貌だった。


 衣織が居なかったら一目惚れしてたまである。


「あなたフランス語話せるの?」


 不安気な表情を浮かべるアン。


「少しなら大丈夫です」


「よかった」


 アンの表情がパッと明くなった。分かっていたことだが迷子になったらしい。


 なんでも今日のイベントはギタークリニックで、緊張を紛らわせるためにこの公園で散歩していたところ、マネージャーとはぐれてしまったそうだ。こんな見晴らしのいい公園ではぐれるって……どちらかがポンコツでなきゃあり得ないだろうと思った。


「あなたもギターを?」


「ええ、まあ一応……何で分かりました?」


「右手の爪だけ伸びてるし、ネイルもしてないし……」


「なるほど、そんなことで分かっちゃうもんなんですね」


 そんなこと意識したこともなかった。さすが女子。


「じゃぁ私のことは知ってる?」


「もちろんです。『世界一美しい旋律を奏でる、世界一美しいギタリスト』有名ですからね」


「あはは……あんまりそう言われるの好きじゃないんだけどね」


「でも事実だと思いますよ」


 僕がそう言うと彼女は一呼吸おき、真剣な眼差して語りはじめた。


「違うよ、私の中で世界一の旋律を奏でるギタリストは、あなたと同じ日本人よ」


 意外な答えが……もしかして父さんとか?!


「そう、確かナル・オトナシ……私と同い年ぐらいの男の子なんだけど、彼は今頃どうしてるのかな? ネット調べても全然でてこないし、あなた知ってる?」


 え……知ってるも何も……僕なんですが……なんで!?


 アンの言葉にただただ戸惑う僕だった。






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