第89話 ルナと母さんと衣織

 女装をして学校の廊下で偶然ばったり母親と会う。

 

 おそらく今の僕と同じ経験した人はほとんどいないはずだ。


 どんな気分ですか? と尋ねられたら、もうこれしかない。


 とにかく恥ずかしい……。


 恥ずかしい時に、顔から火が出そうってのはよく言ったものだ。


 本当に火が出そうなぐらい顔が熱い。


 衣織にドキドキするのとは別意味でドキドキする。


 穴があったら入りたい。



「凛、ここにいたの」


 ここにいた? ってことは母さん凛と来ているか。


「か……母さん、どうしてここに?」


「え! その声……もしかして鳴?」


「うん……」


 母さんは僕を凛と勘違いしていたが、遅かれ早かれだ。僕はごまかしなしでカミングアウトした。


 母さんが険しい顔でスタスタと近づいてくる。もしかしてひっぱたかれたりするのだろうか。


 母さんは僕の前まで来ると、表情を緩ませ、いきなりぎゅーっと抱きしめてきた。


「いやーんなにそれ、めっちゃ可愛いじゃん」


 頬をすりすりされた。


「どうしたのそれ? 自分でやったの? やってもらったの? 凛にも教えてあげてよ」


「やめてよ母さん、恥ずかしい……離してよ」


 母さんは警察官だけあって中々力が強い。


「そんな格好しておいて恥ずかしいとか今更じゃない?」


 ……仰るとおりです。


「で、そちらの、お嬢さんがたは?」


「部活の先輩方だよ」


 みんな会釈で軽く挨拶を交わした。


「ねえ鳴、この中に彼女いるんでしょ?」


 鋭い……。


「あ、言わないでいいわよ。母さん当てるから」


 母さんが皆んなの顔を1人ずつ確認する。


「あなたね!」


 ドンズバ、衣織だった。さすが警察官僚。


「母さん、なんで分かったの?」


「ほら、彼女だけ耳が真っ赤だし」


 良くみてるな……。


「はじめましてお母様、窪田衣織です」


 衣織の名前を聞いて眉間にしわを寄せる母さん。


「……ん、窪田衣織……佳織と学の娘さん?!」


「父と母をご存知で?」

 

「ご存知も何も、佳織は私の親友よ。私が仁と学に佳織を紹介したんだから」


 まさかの展開。母さんが学さんと佳織さんのキューピッドだった。


「あなたたちも小さい頃は良く一緒に遊んだのよ? 覚えてないかもだけど」


「え! そうなの?!」


 てことは衣織も幼馴染なのか!?


 音無家と窪田家のつながり……衣織は彼女として最強過ぎるだろうと思った。


「母さん、今日はなんで学校に?」


「ああ、凛の転入手続きよ」


 凛の転入手続き……。


「え——っ! 凛、転入してくるの?」


「もちろんよ、だってあの子、鳴のために日本に残るんでしょ?」


「う、うん……」


「仁に丸投げされたわよ、こっちも忙しいっていうのに……」


 なんかごめんなさい皆んな僕のために……。


「あ、今僕のためにごめんとか思ったでしょ?」


「え、分かるの?」


「分かるわよ家族だもの、それに家族だからそんなことは気にしなくていいのよ」


 少し気が楽になった。ありがとう母さん。







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