第72話 涙のギターバトル

 父さんと一緒にギターを弾くなんて何年振りだろうか。学さんや佳織さんと合わせた時よりも俄然緊張する。


 そもそも父さんは僕にギターをやらせたかったわけではない。


 どちらかと言うと反対していた。もちろんこの世界の厳しさを知っているからだ。


 それでも僕は父さんに憧れてギターをはじめた。凛はそんな僕に憧れてギターをはじめた。


 そして僕は勝手に挫折して、勝手にギターを辞めた。


 父さんは僕がギターをやめると言った時、反対も賛成もしなかった。


『だから言っただろ』父さんから掛けられた言葉はそれだけだった。


 悔しいって気持ちすらなかった。ただただ逃げ出したくて仕方なかった。


 凛は猛反対した。感情を露わに猛反対した。それでも僕は頑として聞かなかった。


 その結果、凛は僕に侮蔑的な態度をとるようになった。


 そんなもんで僕は父さんにも凛にも負い目を感じている。


「いつもので行くぞ」


 いつものとはフラメンコのアドリブだ。父さんはフラメンコ国際ギターコンクールで優勝した唯一の日本人だ。僕がフラメンコギターのテクニックを使えるのはそんな理由からだ。


 父さん独特の高速アルペジオから、流れるような旋律のソロがはじまる。僕はタイミングを伺いラスゲアード、4本の指で弦をコンパチするようにかき鳴らす奏法で伴奏を開始した。


 ラスゲアードとゴルペでフラメンコ独特の情熱的なリズムを作りあげる。ゴルペとは指でギターのボディーを叩いてアクセントをつける奏法だ。リズムをとるスラムとは若干意味合いが違う。フラメンコギターはかなり右手が忙しい。


 昔は父さんが何をやっているのか全く分からなかった。まあ今も父さんテクニックの詳細までは分からない。でも音楽はテクニックだけじゃない。


 想いを感じ、想いを込める。


 それが今の僕スタイルだ。



 ——そんな僕だから気付いたのかもしれない。


 圧倒的テクニックと音数の中で、父さんが僕を導いてくれたことを。


 父さんの旋律には衣織の歌と同じく優しさと憂いがあった。


 父さんは『いつもの』で、ずっと僕を導いていてくれた。


 少し先で、両手を広げ僕が抱きついてくるのを待っているかのように。


 あの頃の僕はにそれが分からなかった。


 でも、今分かった。


 僕は涙が止まらなくなった。


 涙で指板がよく見えない。


 でも、僕は続けた。


 もっと父さんの愛を感じていたくて。





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