第71話 まじかよ

 衣織の気が済み部屋に戻ろうとしたタイミングで、玄関から話し声が聞こえてきた。学さんと佳織さんが帰ってきたようだ。お客さんもいらっしゃると聞いていたので、軽く挨拶だけして衣織の部屋へしけこもうと思っていた。


「学さん、佳織さん、おじゃましてます」


「お、鳴くんきていたんだね、ゆっくりしていってね」


「はい」


「鳴……」


 聞き覚えのある声だった。学さんと佳織さんのお客さんは……。


「父さん……」


 なんと僕の父さんだった。僕の父さんはアメリカの某有名音大でギターを教えるほどの実力者だ。学さんたちの知り合いだったとしてもなんの不思議もないが……なんという偶然。


「音無、君の息子さんだったのか」


「ああ、愚息の鳴だ」


「衣織がいつも鳴、鳴って呼んでいるものだったから、苗字知らなかったわ。まさかじんさんの息子さんだったなんて……」


 僕は素性もわからない婚約者だったのか……どんだけファジーなんだろう。


「え……どういうことなの?」


 衣織だけが事態をのみ込めていないようだった。


 とりあえずソファーに座り、改めて父さんと学さん、佳織さんの関係を教えてもらった。


 3人は学生時代からの音楽仲間で、一緒に活動していたこともあったそうだ。


 今回父さんは、学さんのアルバムのレコーディングに参加するため日本に戻ってきたらしい。


「でも、音無の息子なら安心だな」


「何が安心なんだ?」


「衣織と鳴くん。結婚前提につきあってるんだぞ!」


 色々すっ飛ばす学さん。


「鳴と衣織さんが?」


「聞いてないの?」


「聞いてない」


 家に居なかったので聞いているはずありません。


「本当なのか鳴?」


「まあ、そのつもりでお付き合いさせてもらってます」


「身の程を知らんやつだな……お前ごときが衣織さんに釣り合うとでも思ったのか」


 我が親ながら失礼なやつだ。それを決めるのは衣織だ! とは言えなかった。


「あら、そんなことないわよ」


「うん、全然そんなことない」


「正気か窪田? こいつの演奏聴いたことあるのか?」


「あるも何も、この間セッションしたよ! ていうか彼が車で話していた若手のギタリストだよ!」


「まじかよ……」


 驚きを隠せない父さん。僕の不甲斐なさを1番しっているのは父さんなのだから分かる話だ。


「窪田、スタジオ借りてもいいか?」


「もちろん!」


「鳴、こい。窪田の話が本当か見極めてやる」


 なんて身勝手な……でも学さんも佳織さんも乗り気だし、衣織も前のめりだ。みんな音楽バカだ。


「はい……」


 何をするのかわからないけど、スタジオに逆戻りになった。


 でも、僕は若干武者震いしていた。


 あの頃と違う僕を父さんに見せたくて。


 父さんに認められたくて。




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